2021.04.19 (Mon)

企業のデジタルシフト(第17回)

中小企業でもDXは可能「心のハードル」を取り除け

 中小企業にDXはできるのか、またコロナ禍はその取り組みにどのような影響を与えたのか。早稲田大学ビジネススクール 入山章栄教授が経営学の視点から解説します。

 <目次>
「DXは不要」という判断があってもかまわない
コロナ禍によって“奇跡”が起きようとしている
スマホ導入でも立派なDXにつながる
いい会社は、従業員がビジョンに”腹落ち”している会社

「DXは不要」という判断があってもかまわない

 グローバル競争の激化や市場の急速な変化によってビジネスの不確実性が高まる今日、多くの企業がビジネスモデルや日々の業務を含めて変革を迫られています。時代に合わせて変わらない限り、企業はもはや存続することができない――以前からこう訴え続けてきたのが、経営学やイノベーションの研究で知られる早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授です。

早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄氏

 「今後は変化を起こせる会社が生き残り、そうでない会社はなくなっていくという現実がより浮き彫りになるでしょう。以前は『イノベーションによって不確実性に対応しないと会社はなくなる』と話しても、まだまだ危機感のない人ばかりでした。しかし、今回のコロナ禍で幸か不幸か危機を実感するようになり、イノベーションの重要性を自分ごと化してもらえるようになりました」(入山教授)

 “変革”の必要性は、昨今多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが活発化していることからも明らかでしょう。しかし、なぜ“デジタル”が必要であるのか。経営学の観点から入山教授はこう説明します。

 「デジタルはイノベーションを起こすために必要な『両利きの経営』を行う上で最適なのです。新しい着想を得るためには、できるだけ遠くを幅広い視野で見なければなりません。経営学ではこれを『知の探索』と呼んでいます。一方でルーチンワークや管理は、どんどん深掘りして磨き込んでいく『知の深化』と言えます。

 知の探索は人間にしかできないことで、失敗を恐れずチャレンジし続けることが重要。対して知の深化はAI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation)の得意分野です。人間が今までこなしてきた面倒な作業や管理はデジタルに任せて、削減できたリソースを人間のチャレンジへと振り向けることができるはずです」(入山教授)

 こうしてデジタルの可能性を評価していますが、入山教授は意志のない取り組みが進んでしまう現状に警鐘を鳴らしています。

 「DXは目的ではなく、あくまで『手段』です。20年、30年後に作りたい世界や、どのような価値を出していくかといった会社のビジョンを設定することが重要になります。それを成し遂げるために必要と判断したのなら、DXに取り組むべきなのです。ビジョンと照らした結果、『DXは不要』という判断があってもかまわないのです」(入山教授)

コロナ禍によって“奇跡”が起きようとしている

 入山教授が話すように、DXは企業に変革をもたらす大きな可能性があります。その中で、移動や働き方の制約など社会にさまざまな変化を生じさせたコロナ禍は、DXの取り組みにどのような影響を与えたのでしょうか。

 「昨今のコロナ禍はDXを進める好機です。その理由として、まず危機感の共有が進んだことが挙げられます。コロナ禍以前からデジタル化が進んできましたが、コロナ禍によって変革が必要だという危機感が高まりました。今では私が『変わらないと危ないですよ』と注意を促す必要もなくなりましたね」(入山教授)

 さらに、コロナ禍をチャンスと捉えるもう1つの理由として入山教授が主張するのは、「経路依存性」の呪縛を断ち切れるメリットです。

 経路依存性とは、過去の決断や枠組みに物事が依存してしまうこと。社会や企業は、制度や働き方など多様な要素の組み合わせで成り立っているため、特定の考え方や機能が時代に合わなくなったからといって一部だけを変えることが困難なのです。これがまさに経路依存性に縛られた状態です。

 「例えば、ダイバーシティ経営が思うように進んでいない主な原因は、ダイバーシティだけを進めようとしているからです。新卒一括採用、終身雇用など、ほかのさまざまな要素の組み合わせで組織が成り立っているところに、いきなり多様な人材を入れることはできません。採用の仕方、評価制度、働き方といった要素を含めて一緒に変えなければ、ダイバーシティ経営はうまく行かないのです。

 ところが、先般のコロナ禍で、すべてを変えられる『奇跡』が今まさに起きています。働き方を強制的に変えざるを得ない状況ですし、オンライン会議ツールやペーパーレス化など急速に企業にデジタルが入ってきました。リモートワークでは成果の有無で評価するジョブ型雇用を採用する企業も増えてくるでしょう。コロナ禍は経路依存性から解き放たれる、またとないチャンスです」(入山教授)

スマホ導入でも立派なDXにつながる

 コロナ禍は変革のチャンスです。しかし、大企業と異なり、予算も人材も限られる中小企業はどのようにDXを進めればいいのでしょうか。これに対して入山教授はこう意見を述べます。

 「AIのような高度なデジタル技術を導入したり、データサイエティストのような高度な人材を採用したりすることだけがDXではありません。業務改革から始めるのなら、低コストのクラウドサービスで手軽にできることはたくさんあります。一般的に知られていないだけで、身近に使いやすいサービスは広がってきています。どんどん試してみて、自社に合ったサービスだけを使い続け、物足りなければ高度なものに乗り換えればいいのです」

 業務改革を行う上で必ずしも革新的な技術は必要がない。この主張に関して入山教授は次のような事例を示します。

 「コープさっぽろは、デジタル化によって大きく業務変革を進めた事例のひとつです。同社は近年外部からCIO(最高情報責任者)を招聘しました。その方は優れた経歴の持ち主なのですが、行ったこと自体は至ってシンプルでした。まずSlackを導入してコミュニケーションを変えたのです。中小企業に必要なのは、まさにこうした事例です。導入したのは小さなツールでも、従業員の皆が使うことでコミュニケーションが格段に便利になって成果が出ているのです。

 もうひとつは、愛媛県四国中央市のHITO病院の事例です。その取り組みは医師や看護師にiPhoneを配るというシンプルなものでしたが、これだけで情報連携のスピードが変わり、業務改善につながっているのです。このように“簡単に便利にする”というのが、私の考える中小企業のDXです。心理的なハードルはあると思いますが、まずはやれることからやるべきでしょう」

 入山教授は、このデジタルツールへの心理的なハードルを取り除くことこそが、業務に変革を起こすチャンスだと言います。

 「40~50代の方こそチャンスです。20代の方はデジタルリテラシーが比較的高くても業務のスキルはまだまだです。業務経験が豊富で、スキルを持っている40~50代の方がデジタルツールを使いこなせたら、無敵の人材になりますよ。スマートフォンやコミュニケーションツールなら、プライベートで使っているものとほとんど同じですよね。『仕事だから』『デジタルだから』といった固定観念を取り払えさえすればよいのです」(入山教授)

いい会社は、従業員がビジョンに“腹落ち”している

 今後DXが一気に進むことで、特に中小企業のビジネスは大きな変化を遂げる可能性があります。入山教授は次のような例を挙げます。

 「コロナ禍でWeb会議ツールを使う機会が増えましたが、そこに自動翻訳の機能がついたことを考えてみてください。日本のサービス業は日本語という『言語の砦』に守られてきましたが、それが機能しなくなり、生産性の低いサービス業は、崩壊する可能性があります。これは教育産業も同様です。海外の一流大学のコンテンツが日本語で学べたら、私の所属する早稲田大学ですら太刀打ちできないでしょう。中小のサービス企業や、DXによって参入の敷居が低くなると思われる教育系、メディア系の会社は今から事業の変化を見越したアイデアや対応力をつけておくべきだと考えています」

 ではどのようにすれば企業は生き残れるのでしょうか。その解を見つけるのは容易ではありませんが、入山教授はヒントの1つとして次のような意見を述べます。

 「DXができる会社は、DXに関係なく『いい会社』です。まずはそれを目指しましょう。こうした会社は共通して、遠い未来に向かってチャレンジし続けられるポテンシャルを持っています。そのために大事なのは気兼ねなく知の探索にチャレンジできるように、現場に権限委譲すること。これは、最初にお話ししたようなイノベーションを起こせる企業の特徴でもあります」

 「いい会社」のもうひとつの特徴として、入山教授は「ビジョンと意志をしっかり持っていて、それを社員全員が『腹落ち』して理解していること」を挙げます。

 「変化が激しく不確実で『何をすればいいか』に明確な答えがない現代において、大切なのは経営者が何をしたいかという意志です。雇用の流動が激しくなれば、ビジョンに共感し続けてもらわないと優秀な社員はすぐに高報酬でやりがいのある会社に移ってしまいます。『当社は離職率が低いから大丈夫」という考えも危険です。離職されないのは、ただ事業が安定していて終身雇用だからという可能性もあります。これからの時代は、自社に『真のエンゲージメント』を持った優秀な社員を抱えていないと、変革し続ける会社を維持することはできないでしょう」(入山教授)

 中小企業だからこそ社員の顔が見えてビジョンも伝えられエンゲージメントを高められる可能性がある。そして小回りが聞くのでイノベーションも起こしやすい。デジタル時代は中小企業にこそチャンスが多いのかもしれません。

<インタビュイープロフィール>
入山 章栄(いりやま あきえ)
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年にアメリカ・ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。早稲田大学ビジネススクール准教授を経て2019年4月より現職。

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