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離島の廃校で学ぶ酒造りとまちづくり(第5回)

佐渡で出会った東大教授が語る地方創生とは

 廃校を酒蔵として再生した「学校蔵」では、酒米はもちろん、エネルギーも含めたオール佐渡産の酒造りに取り組んでいます。島の強みである優れた自然資源を生かした再生可能エネルギーを活用することで、“佐渡島でしかできない酒造り”をしようというのです。

 地域資源を強みとした地域再生などの研究に取り組んできた東京大学の福士謙介教授は、こうした取り組みを「日本酒の付加価値とブランド力を高め、世界に売り込む材料になる」と評価。さらに、高付加価値化型の事業を展開するとともに、バリューチェーンを多様にすることで地域の雇用を生み出し、地方創生につなげていくという構想を語ります。

高い付加価値を生んだ独自の牡蠣殻農法

酒米を育てている水田。左手前に見えるのが牡蠣殻農法のドラム缶

酒米を育てている水田。左手前に見えるのが牡蠣殻農法のドラム缶

 学校蔵で使う酒米は、新潟県が独自に開発した「越淡麗(こしたんれい)」が中心。このお米を栽培するのは、学校蔵を運営する尾畑酒造の契約農家、株式会社佐渡相田ライスファーミングの相田忠明さんで、オリジナルの牡蠣(かき)殻農法で育てています。

 牡蠣殻農法は、肥料を自分で食べてみたりするほど稲作に真剣に取り組んでいた相田さんの父親が、牡蠣殻の浄化作用や肥料としての効果に着目し、約20年前に始めたもの。山から直接引いた森のミネラルを含んだ水を、牡蠣殻で満たしたドラム缶を通して水田に入れ、さらに粉末にした牡蠣殻をまくことで、海のミネラルとカルシウムを田に与えます。

 メディアでも話題となり、「相田家産佐渡スーパーコシヒカリ」というブランド米として大手百貨店や著名人からも注文が来るように。シンガポールや香港に輸出している実績もあるそうです。

山から引いた水を牡蠣殻を通して水田に入れる(撮影用にフタを開いた状態。普段は閉めてある)

山から引いた水を牡蠣殻を通して水田に入れる(撮影用にフタを開いた状態。普段は閉めてある)

 実は、牡蠣は佐渡の特産品の一つ。また、相田さんの栽培する酒米は、相田家産佐渡スーパーコシヒカリとともに、トキの住む環境に配慮した「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」として佐渡市から指定を受けています。

 水田まで案内してくれた尾畑酒造の平島健社長は、しみじみと語ります。「いい米がなければ、いい酒も造れません。素晴らしい農家がいてくれるからこそ、いい酒が造れるのです」

クリスマスイブに届いた1通のメール

廃校となった旧西三川小学校のプール跡に設置した太陽光パネル

廃校となった旧西三川小学校のプール跡に設置した太陽光パネル

 オール佐渡産の酒造りを目指す学校蔵では、酒米だけでなく、酒造りに必要なエネルギーも、佐渡産の自然エネルギーを活用しています。

 尾畑酒造の尾畑留美子専務が説明します。「佐渡島では、トキの住む環境を守るために減農薬・減化学肥料の農業を志向し、生物多様性に富んだ島づくりに取り組んでいます。しかし、佐渡の一番の個性である環境を伝えるすべが、これまでは『朱鷺と暮らす郷づくり認証米』くらいしかありませんでした。そこで、島の自然環境の恩恵を酒造りに取り入れ、酒造りを通して佐渡島の環境を“見える化”したいと考えました」

 尾畑専務は当初から、再生可能エネルギーの導入は、大学やエネルギー関連企業と協力して進めたいと考えていたそうです。

グラウンドにも太陽光パネルを増設

グラウンドにも太陽光パネルを増設

 「環境という佐渡の個性を伝えることを考えたとき、我々1社だけでは効果が小さい。私たちが目指したいのは、佐渡島の環境から新しい産業が生まれること。そのためには、学校蔵をその可能性を探る1つのモデルとして、腰を据えて一緒に取り組んでくださる大学や企業のサポートが必要だと考えていました。そんな話を会う人、会う人にしていたのです」

 

発電状況はPCでモニタリング可能

発電状況はPCでモニタリング可能

 2013年の夏、佐渡市役所の職員が数人の大学教授を連れて尾畑酒造を訪れた際も、同じ話をしたそうです。それから半年後のクリスマスイブの朝、尾畑専務のもとに1通のメールが届きます。送信元は、東京大学 国際高等研究所 サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S:Integrated Research System for Sustainability Science)。地域の自然資源を取り入れた再生可能エネルギーの利用を促進することで、地域エネルギーの自立化を含めた持続型社会の構築を目指している機構です。そこから「一緒にやりませんか」と打診を受けたのです。

 そして、IR3Sと昭和シェル石油の参加による実証実験が行われることになり、学校のプール跡に太陽光パネルを設置して、2014年11月に送電を開始。さらに今年2月、グラウンド跡にも太陽光パネルを増設し、現在では理論上※、学校蔵で必要な電力の100%を再生可能エネルギーで賄っています。(※日照がないと発電しませんが、年間の発電量は使用量を上回っています)

付加価値を高めて高く売り、「地域を支える資本」を生み出す

東京大学 国際高等研究所 サステイナビリティ学連携研究機構の福士謙介教授

東京大学 国際高等研究所 サステイナビリティ学連携研究機構の福士謙介教授

 取材班が学校蔵の酒造り体験の取材に訪れた際、偶然にもIR3Sが共催者に名を連ねるシンポジウム「自然共生社会をめざして〜佐渡からはじまる自然共生型の島づくり」が佐渡島で開催されていました。そして、シンポジウムの合間を縫ってIR3Sの福士謙介教授に話を聞くことができました。

 福士教授は、2013〜2014年度に佐渡島で行われた「スマートエコアイランド研究拠点」というプロジェクトの研究リーダーを務めていました。このプロジェクトは、再生可能エネルギーや自然資源を生かした持続可能な自然共生社会モデルの構築を目指したものでした。

 福士教授は学校蔵の取り組みを「付加価値とブランド力を高め、世界に日本酒を売り込む材料になる」と評価します。

 「例えばコスタリカのコーヒー豆は、地球環境保護に貢献するカーボン・ニュートラルで栽培していることをブランド化しており、有名なコーヒーショップなどが購入しています。学校蔵の取り組みもこうしたフェアトレードと同様の考え方だといえるでしょう。オール佐渡産の酒造りはコストが掛かります。効率だけを考えれば、大規模に栽培した酒米を輸入した方がいいわけで。その努力に見合うように高く売り、その価値を理解あるいは共感する人が買う。高く売って儲けるというわけではなく、『地域を支える資本』を生み出していくのです」

 また福士教授は、離島などの地方を再生するには、高付加価値型の農林水産業を展開するとともに、バリューチェーンを広げていくことが重要だと説きます。

 「佐渡産のコシヒカリは、魚沼産に次ぐ価格帯で、新潟県で2番目に高い。しかし、農家の人しか儲かりません。米は1㎏が300円ぐらい。それを例えばおにぎりにすれば、21個ぐらい作れます。1個百数十円として約3千円。10倍近く付加価値が高まるのです。それを島外に販売してもいいのですが、最も経済波及効果が高いのは、食べに来てもらうようにすること。観光と地域産業がタイアップして佐渡に来てもらうようにすれば、高速船も儲かるし、ホテルも儲かる。バリューチェーンを多様にするというのはそういうことです。地域にとって重要なのは職、ジョブ・オポチュニティーです。私は中間流通業者の存在も否定しません。バリューチェーンを多くすることによって、おにぎりを加工する人なども含めた地域の雇用を生み出し、地域の人たちが適切な形で富を分け合うように生活していけるのが望ましいと考えています」

ICTを活用して生産・流通情報を集約すれば、新たな市場の創出も可能に

 福士教授はさらに、ICTを活用し、農林水産業の生産・流通情報を集約することで、新たなマーケットを創出し、最適な販売戦略の策定なども可能になると構想を膨らませます。

 「農協はある程度のロットがそろわないと農産物を扱ってくれません。しかし佐渡の農家では小口のロットしか生産できない作物もあります。そうすると、例えば宴会などで同じサイズのトマトが50個必要となると、結局、島外から輸入することになってしまいます。そこで、ホテルやレストランと農家の情報をつなぐ分散型のデータ統合システムを活用するのです。そうすれば、あそこの農家に10個、あっちの農家に15個あるといった情報が集約でき、島内の内部循環率を高めることができるというわけです」

 「逆に『このままいくとキュウリができすぎてしまう』といった場合は、一部の農家で日射を弱めて生育を数日遅らせるなど、収穫をある程度分散させることも可能です。このような場面でICTを活用し、生産の現場から消費の現場まで情報をリンクさせることで、効率性を高め、これまで流通ルートに乗らなかった作物などに新たな市場を創り出すこともできるようになるのです」と、福士教授は期待を込めて話していました。

収穫されていなかった農産物に“新たな命”を吹き込む

収穫されていなかったユズを有効活用して開発した「佐渡のゆず酒」

収穫されていなかったユズを有効活用して開発した「佐渡のゆず酒」

 これまで流通ルートに乗らなかった作物を有効活用するという面で、学校蔵ではこんな取り組みも行っています。

 90歳を越えて農業を営む後藤治部左ヱ門さんのユズ畑はとても広く、全てを手摘み収穫するのは難しいため、せっかく育てたものの、収穫されないままのユズもあったそうです。そのユズを有効活用し、学校蔵のお酒と組み合わせて「佐渡のゆず酒」というリキュールを商品化したのです。今年6月に発売し、既に完売しています。

 農家の収益拡大に貢献しているわけですが、尾畑専務は「お金が回ることよりも、収穫されず消えてゆく運命であった作物が誰かの役に立ち、『ありがとう。おいしかった!』などと言ってもらえることがうれしいのであり、それが幸せにつながるのではないでしょうか」と思いを語ります。経済的な利益を超えるやりがいや生きがい。それらも地域の貴重な活力源です。

 地元の新聞の取材で「増産の計画はないか」と聞かれた平島社長はこう答えています。

 「生産量を増やすなら、機械を使って大きなユズの果汁を搾り出すことで可能です。しかし、あくまでもユズ農家さんに負担をお掛けせず、また無駄をなくすことが考えの基本ですので、流通できないユズだけを使わせていただきます。ユズ本来の味を生かすお酒造りを貫くため、手間が掛かり果汁の量も少ない手搾りを行っていることから生産本数は限られますが、方針を変えるつもりはないんですよ」

 地域に暮らす人たちの思いに寄り添い、埋もれていた地域の資源に光を当て、新たな命を吹き込んでいく学校蔵。今後もこのような取り組みを広げていく予定です。

 こうした取り組みの他、学校蔵では「交流」の場づくりとして、「学校蔵の特別授業」と題したワークショップも開催しています。「佐渡から考える島国ニッポンの未来」をテーマに島内外の人々が集い、「幸せを産む働き方」などについて意見を交わした特別授業の模様は、本連載の最終回となる次回に紹介します。

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