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2017.06.27 (Tue)

子供たちが熱狂! 懐かしのヒット商品の裏側(第9回)

社内では不評、でも出荷後は大ヒット「モグラ退治」

posted by 味志 和彦

 1975年に登場したアーケードゲーム「モグラ退治」は、穴から出てきたもぐらの頭をたたくというシンプルなゲームながら、日本中で社会現象となるほどの大ブームを巻き起こしました。全国の遊戯施設ではほぼ必ず見かける定番ゲームとなり、派生商品で登場した家庭用おもちゃは100万個を超えるセールスを記録。それらを総称して「もぐらたたき」と呼ばれていました。

 一般的に、流行は年代や性別によって温度差があります。若者が夢中になる傍らで大人が冷ややかな視線を浴びせていることも珍しくありません。その点で「モグラ退治」のヒットが興味深いのは、老若男女を巻き込んだ一大ブームになったことです。そして「もぐらたたき」という総称は、退治してもキリがない様子や、場当たり的な対処を比喩する表現として現在も使われていたりと、ブームの枠を超えて言葉にまで波及した特殊な例です。

 これだけのブームになりながらも、開発元の東洋娯楽機製作所では当初「くだらない」と軽んじられていたゲームでした。そんな「モグラ退治」が、どうやって大ヒットまでのぼりつめたのか。その道のりをたどっていきます。

くだらない、子供だましに潜んでいた魅力とは

 東洋娯楽機製作所で初めて「モグラ退治」の企画案が出された時、周りの評価は芳しくありませんでした。企画案を提出した山田数夫氏は、副社長という権限で強引に試作機を作らせましたが、やはり周りからは「商品にする価値は無い」「お金を払って遊ぶわけがない」とさんざんな評価を浴びせられました。シンプルすぎて「子供だまし」と見られてしまったのです。

 「モグラ退治」の元になったのは、知人が持ち込んだ「アスレチック要素のあるゲーム」という企画にあったスケッチでした。その企画が頓挫してからも、山田氏はある1枚のスケッチに心を惹かれていました。それは「子供がひざをついて、もぐらをたたく」ものでした。山田氏はスケッチに可能性を感じ、ゲーム作りに挑みます。

 山田氏は「子供目線で作るのが大事」が商品開発の持論でした。「モグラ退治」にも、子どもが楽しめるという目線で開発が行われます。

 商品仕様は、箱型の筐体に並ぶ穴から、頭を出したもぐらをたたくというものにします。そして試作品を会社の1階に設置したのですが、初めは誰も手にしませんでした。しばらくすると、もぐらを上司に見立て「社長」「副社長」と呼びながら、ふざけてたたく社員の姿を目にします。その光景から子供が楽しむだけではなく、大人のストレス解消にもなるという手応えを感じた山田氏は、「モグラ退治」という商品名で出荷します。

好評でも改良、コミカル、潜在力でブームに

 最初に出荷された「モグラ退治」は予想に反し評判が良く、さらに2号機、3号機では人気が爆発しました。人気を爆発させた理由は、小さな欠陥を摘み取る姿勢と、ゲームの世界観の2つでした。

 まず小さな欠陥を摘み取る姿勢として挙げられる代表的なものは、子供の目線を大切にしたことです。1号機ではもぐらが出てくる穴の配置が横長の2列でした。そのため、幼児は身体を左右に移動し手を伸ばさないと、端や奥の列にある穴から出てくるもぐらをたたけなかったのです。これは致命的な欠陥ではなかったものの、山田氏は見過ごしませんでした。

 山田氏は筐体の前面にくぼみを設けて穴の配列を扇状にする、盤に傾斜をつけるなど、幼児が遊びやすいように改良した2号機、3号機を出荷したのです。小学生や大人は遊べるから「構わない」、幼児だから「どうでもいい」といった姿勢はとらなかったことが大ブームにつながったのでしょう。

 こうした全年齢を対象にした改善努力は、結果として思わぬ市場開拓をもたらします。幼稚園の体育や、老人ホームの運動、医療施設でのリハビリ、社員採用の反射神経や身体能力を計るテストにまで採用されました。

 次にゲームの世界観に「コミカル」を最優先したことも、人気爆発の理由に挙げられます。

 ゲームのジャンルによっては、映像や造形など何もかも、現実そっくりに再現する手法があります。しかし「モグラ退治」はそうした路線は追求しませんでした。山田氏は筐体のデザインは現実を連想させるようなリアルなものではなく、カラフルで明るい雰囲気に仕上げました。モグラを退治する小道具のハンマーも頭部をクッション製としたデザインで、ハードなイメージを排除しています。畑を荒らす害獣駆除というリアリティーではなく、コミカルな世界でストレスを解消するゲームに仕立てたのです。

 このコンセプトの副産物は、プレイヤー本人だけでなく、ダンスや太鼓ゲームのように周りで見ている人も楽しめるという「パフォーマンス」の要素を潜在させていた点が見逃せません。プレイヤーがモグラを真剣に叩く姿が、周囲には滑稽なものに写り、笑いを誘います。これで見る側も一緒に明るく騒ぎながらストレスを解消できたのです。

 この2つの理由によって「モグラ退治」は1人で遊ぶゲームにも関わらず、テーマパークやショッピングセンターなどでイベントを開催すると、人だかりができるほどブームに発展しました。

アイデアは最初から評価されるとは限らない

 「モグラ退治」はブームを背景に輸出さるようになります。たたくというシンプルなゲームでありながらストレスを発散できるので、国境を超えても人気を博しました。後年には金融危機の際に、もぐらを悪徳銀行家に置き換えたゲームが登場するほど海外でも定着しました。

 さらにゲームだけではなく、オバマ氏が大統領時代に、過激派組織イラク・シリア・イスラム国に対する軍事行動に関するコメントに比喩として「もぐらたたき」を用いました。アメリカでは「Whack a mole(もぐらたたき)」が日本語と同じく「退治してもキリがない」という意味の比喩で浸透しているのです。

 このようにゲームと言葉の両面で文化史に足跡を残した「モグラ退治」ですが、企画を提案した時は低評価でした。

 しかし周囲の予想に反する大成功を収めたのは、山田氏が「子供だまし」に潜んでいた「ストレス発散」に気づいたからです。

 爆発的な潜在力のあるものでも最初から高評価とは限らず、気づかれずに日の目を見ないこともあるでしょう。「モグラ退治」は、山田氏が潜在するものに気づいたからこそ脚光を浴びました。企画提案や商品開発では、周囲に流されずに裏側に潜在するものを見極め、万人に伝わるように磨き上げていくことが重要だと学べます。

■参考文献
・増川宏一『日本遊戯思想史』平凡社
・佐藤安太『おもちゃの昭和史』角川書店
・串間努『少年ブーム』晶文社
・成美堂出版編集部『ロングセラー商品の舞台裏』成美堂出版
・「もぐらたたきを作った男」山田数男氏インタビュー
http://chibarei.blog.jp/gsl/words/moguratataki/moguratataki.html

味志 和彦

味志 和彦

佐賀県生まれ。産業技術の研究者を経て雑誌記者など。現在コラムニスト、シナリオライター。

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