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【特別企画】スペシャルインタビュー「あの有名人が語る!」(第8回)

ホームレスから社長、OKWAVE兼元社長が起業するまで

posted by 小池 晃臣

 日本初、そして最大級のQ&Aサイト「OKWAVE」を運営する株式会社オウケイウェイヴ。代表取締役社長の兼元謙任氏はこのインターネットを介し、困っている人が助け合うシステムを2000年に立ち上げた。人が人の役に立つことをビジネスにつなげるという発想を同氏がなぜ得るに至ったのか、その背景には様々な苦労の経験があった。

 後編ではホームレス生活から得た助け合いの大切さ、そこからビジネスを立ち上げるに至った経緯を伺った。これからの時代に必要なサービスとは何なのだろうか。

ホームレス経験で身に沁みた、人の情け

──若くしてホームレスに身を落としてしまうというのは、とても辛い体験だったでしょうね。

 実はそれがまったく正反対なんです。

 イジメ、病気、裏切りといったそれまでの私の人生からすれば、初めて安らぎを覚えるような体験でした。飲食店裏には高級酒まで捨てられていたりして、ゴミを漁れば食べ物には困りません。最初はもちろん抵抗がありましたが、慣れてしまえばなんてことはありません。ホームレス仲間も暖かく、何も聞かずに親身にしてくれました。コンビニでお弁当の残りを分けてもらったときには、人の情けのありがたさが身に沁みて、涙が溢れてきたほどです。

 子ども連れの母親が、「あんなふうになっちゃダメよ」と言い聞かせているのが耳に入っても、いつしか「別にいいよね」と流せるぐらいになっていましたね。

──そうした生活から脱却するきっかけはなんだったのでしょうか。

 大きく2つありました。1つは、いつもいただいていたファーストフード店の残り物を暗い公園で食べようとした際、その中に煙草の吸殻が入れられていて、危うく生命を失いかける経験をしたことです。ああ、そのぐらい本心では来てほしくないんだなと、情けなくなりましたね。

 そしてもう1つが、ある中国人留学生の女性との出会いです。その人に私のこれまでの生い立ちを泣きながら話したところ、「その程度のことでメソメソするな!」と叱責され、げんこつを食らったのです。よく聞くと、その人は中国で本当に苦労をしていて、あらゆる手段を使って日本に来て、働きながら学校に通っていました。彼女からすれば、自分のこれまでの境遇を恨んでこんな暮らしをしているのが許せなかったのでしょう。

 こうして「このままではだめになる」と思い知らされたことで、今度こそ再起を決意したのです。妻から突きつけられた離婚届は、ハンコも押さずに放ったらかしで逃げていたので、妻に少しずつ仕送りを始めて、家庭もしっかりしようと思うようになっていました。

助け合えないネットの世界に疑問を抱く

──新しい仕事をどうやって始めたのですか

 例の実業家(前編参照)へ、もうなんでもいいから仕事をくださいと訪ねたところ、今度は簡単にデザインの仕事を紹介してもらえました。後から聞いたところ、なんでも最初に来た時はデザイナーとして雇ってくれと言ったのが気に入らなかったようです。2回目はなんでもやりますと言い出したので、覚悟ができていると認めたのだということでした。

──1999年にはオーケーウェブ(当時)を設立し、2000年にはOKWAVEのサービスを正式に開始しています。その間には何があったのでしょうか

 デザインの仕事を受けていると、そのうちにWEBデザインの仕事が舞い込んで来ました。経験のない仕事だったので、一からHTMLを学びました。その過程でBBSやフォーラムといった掲示板のサービスを見つけ、WEBデザイン業務に必要なことをいろいろと聞きまわったんです。ところが皆からの反応は、「マナーがなっていない!」「アーカイブを見ろ!」とけちょんけちょんでした。

 そのときに「もっと親身になって答えてくれたっていいじゃないか」と思ったのが、OKWAVEの始まりです。ネットを通して助け合うことができる世界が来ないのなら、この先、自分は生きていても仕方がない。逆を言えば、そういう世界を築けるのならば、自分には生きていく価値があるのだと、そう考えたんですね。30を過ぎてようやく自分が生きる意味を見いだせた思いでした。

 妻にもきちんと向き合い、これまでの自分の行いを謝罪しました。ありがたいことに妻は、私が細々と仕送りしていたお金をとって置いてくれていて、それをサーバー費用に充てることができました。こうして、わずか6ヶ月という短い期間にもかかわらず、日本で最初のQ&Aサイトを立ち上げることができたのです。

相手が困っていることを知れば、人は優しくなれる

──OKWAVEのサービスは、あっという間に世間に定着していきましたね

 当初は絶対にビジネスにならないと言われていましたが、おかげさまで広く世の中に受け入れられるとともに、多くの出資を得るなど、サービスとしてもビジネスとしても成長を遂げることができました。

 私がやりかったことは、Q&Aを残しておくことで、再利用できるようにすることです。同じような悩みを抱えた人は他にも必ずいるはずだというのは、ホームレス時代に仲間たちから身の上話を聞いていた際にも実感していたことでしたから。

 これまでに、OKWAVEで回答をもらったことで、自殺を思いとどまったとか、離婚を考え直した、起業できたなど、数多くの言葉が寄せられるたびに、様々な人々の悩み解決に役立つことができているのだと実感でき、私自身も幸せな思いをしています。

──これからOKWAVEをより良いサービスにするために、特に力を入れたい分野はなんでしょうか

 AIの活用に注力していきます。例えば少子高齢化や過疎化が進み、地方の医師不足は今後ますます深刻なものとなっていくでしょう。ならばそうなったときに地域医療をサポートできるAIが完成していれば、問題解決に大きく貢献できるはずです。

 当社の強みは、一般のユーザーと企業をつなぐとともに、さまざまな分野でそれぞれの専門家とつながっていることにあります。そうした知のつながりをAI活用に役立てていきたいと考えています。

 いま世界中のQ&Aを集めているのですが、それらをAIの力で再編成して、皆に提供するための技術について、既に特許を取得しています。まずは困っている人の多い分野から、AIを問題解決に役立てていくつもりです。

──ネットを通して助け合うことができる世界を築くという目標に一歩一歩着実に近づいていますね

 ありがとうございます。やはり、相手が困っているのだと知れば、人は優しくなれるし、困っている人も手を差し伸べられれば、相手に感謝するのではないでしょうか。

 例えば電車の中で子どもが騒いでいるのに、親は構わず寝ていたとします。そこで他の客が「うるさい、静かにさせろ」と言い捨てたら、親も反発してしまうかもしれません。だけど、実はその親は会社をリストラされたばかりで心身ともに疲れているのだと知ることができれば、周囲の人々は怒るどころか、励ます人も出てくるはずです。きっとその中には、過去に同じような体験をし、そこを乗り切った人もいることでしょう。そうした人の言葉は、その親にとってとても勇気づけられるものとなるに違いありませんよね。

 私はオウケイウェイヴを利益と社会への貢献を両立できる企業にしていきたいと考えています。企業というのもまた、人々の役に立つからこそ価値があるのだと、確信しているからです。

インタビュー:小池 晃臣

 

兼元 謙任(かねもと かねとう)
愛知県立芸術大学卒。学生時代から仲間を募って人的ネットワークを作り、さまざまなデザインワークを行う。株式会社GK京都、株式会社ダイワ、株式会社イソラコミュニケーションズを経て、株式会社オウケイウェイヴの前身、有限会社オーケーウェブを1999年に設立し、2000年にQ&Aサイト「OKWAVE」を正式公開。

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取材ライター

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