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まさかのために備える知識(第27回)

リスク対策のプロに聞く「儲かるBCP」とは

 自然災害や感染症への対策など、事業継続を脅かすリスクに企業はどう備えればよいのでしょうか。SOMPOリスクマネジメント 首席フェローの高橋孝一氏に聞きました。
※高橋氏の「高」は正しくは「髙(はしご高)」

<目次>
BCPと防災マニュアルは明確に違う
コロナ禍に求められるBCP対策とは
受け身のBCPは経営に負担になる
電話帳のようなBCPを作ってはいけない
「儲かる」「役立つ」「誇れる」のがBCP

BCPと防災マニュアルは明確に違う

 BCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)とは、企業が風水害や火事、サイバー攻撃などの緊急事態に遭遇した場合に、事業資産への損害を最小限にとどめながら、事業を継続できるよう方法や手段を取り決めておく計画のことです。日本では特に地震や台風など自然災害が多いことを考慮すると、BCPの作成は企業にとって必須だと言えます。

 ところが、中小企業のBCP策定はあまり進んでいないという現状があります。帝国データバンクが2020年5月に実施した「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」によると、BCP策定の意識は高まっているものの、実際にBCPを策定したという中小企業の割合は、わずか13.6%にとどまっています。

 2010年以降だけでも東日本大震災(2011年3月)、熊本地震(2016年4月)、台風15号(2019年9月)など多くの大規模な自然災害が起きています。BCPの重要性がクローズアップされる機会があったにも関わらず、なぜ中小企業のBPC策定率が低いのでしょうか?

 SOMPOリスクマネジメント 首席フェロー(リスクマネジメント)で、事業継続推進機構*の副理事長を務め、中小企業庁の「BCP策定運用指針」策定やBCP関連のガイドブック作成にも携わった高橋孝一氏は、BCPの策定率が低い理由について「多くの企業が『防災マニュアルがあるから大丈夫』と考えてしまっています」と指摘。その上で「防災とBCPとは明確に違うため、防災マニュアルだけでは不十分です」と注意を促します。

事業継続推進機構(BCAO):BCPやBCM(事業継続マネジメント)の普及・啓発や調査・研究を目指して2006年に設立された民間の非営利団体(特定非営利活動法人)。事業継続普及啓発セミナーの開催や講師の派遣、事業継続専門家を育成するカリキュラム・教材の開発および事業継続専門家育成講座の開催、事業継続に関する標準テキストなどの発行といった事業を行っている。

 防災は「身体の安全と財産を守ること」が目的であるのに対し、BCPは「企業を存続させること」が目的である点が異なります。高橋氏も「取引先に対して、商品やサービスの供給責任を果たすために取り組むのがBCP」と説明します。この「取引先」に対する観点が、BCPにおける重要なポイントです。

 「防災は従業員と家族のためであるのに対し、BCPは取引先のためのものです。ですからBCPは防災マニュアルと同様に、どの企業でも準備しておくことが必要なのです。

 製造業を例に取りましょう。地震などの自然災害が起こった際に、従業員の安否や工場など企業資産の被害に関する情報を収集し、確認するところまでは防災マニュアルの範囲です。ですが、原材料が調達できるか、製造を再開できるのか、といったことになると、防災マニュアルでは対応できません。ここはBCPの出番というわけです」(高橋氏)

コロナ禍に求められるBCP対策とは

 人々の社会的行動に大きな影響を与え、ビジネス環境を激変させた新型コロナウイルス感染症の拡大も非常事態に含まれます。しかし、感染症に対するBCPを策定していた企業はほんの一部で、BCPを策定済みだった企業でも、そのほとんどは自然災害や事故を想定したものでした。

 「大企業の中には2009年に新型インフルエンザが流行した時に、感染症関連のBCPを策定した企業もありました。ただしその内容は、当時の通信環境が現在とは大きく違うこともあり、“感染に注意しながら出勤する”といったものでした。2020年以降のコロナ禍への対応では、 “BCPがあったために慌てずに済んだ”という企業は、残念ながら多くありません。

 それでも、ネットワーク環境やクラウドサービスなどのシステム環境が整いつつあったタイミングだったため、感染拡大を防ぐために多くの企業で一気にテレワークが進むなど、なんとか働き方を変えることができました。これが期せずしてBCPの訓練となりました」(高橋氏)

 コロナ禍におけるBCP対策としては、事業継続だけでなく、緊急事態宣言などによる企業活動の自粛への要請に対し、どこまで対応するかについても考える必要があると、高橋氏は主張します。

 「例え緊急事態宣言が発令されたとしても、組織の存続に不可欠な事業、社会機能維持に関わる業務をどのように継続するか、一方で事業継続のために積極的にストップすべき業務が何なのか、あらかじめ決めておくことが大切です」(高橋氏)

 事業を取り巻く環境が大きく変わってしまったときは、BCPの考えに基づけば、いったんその事業を止めて、資金繰りを確保しながら再開後の収益の予想をします。このコロナ禍でも、事業を撤退するケースが実際に起きました。

SOMPOリスクマネジメント
首席フェロー(リスクマネジメント)
高橋 孝一 氏
※高橋氏の「高」は正しくは「髙(はしご高)」

「事業を長期間停止せざるを得なかったり、操業度が大幅に低下したりして、再開・復旧しても経営が継続できないと見込まれる場合、事業からの撤退を選択することになります。今回は観光業などで見られました。

 既存事業の継続が難しいときは、撤退だけでなく新規事業という選択肢もあります。今回の例では、家電メーカーが工場の設備を生かしてマスクを作るなどの動きがありました。これまでの事業をやり続けるだけがBCPではありません。会社を存続させることが最も重要ですから、新しい事業を始めることも策の一つとなります」(高橋氏)

受け身のBCPは経営に負担になる

 BCPを策定にどうやって取り組めばいいのでしょうか? 防災マニュアルと違い、企業そのものを存続させるという目的から分かるように、BCPへの取り組み主体は経営者が中心になるべきと指摘します。

 高橋氏はBCPに取り組んだ企業の例として、いつ発生してもおかしくないといわれる東海地震に備え、経営者自らがBCPを策定した静岡県の乾燥機メーカー、西光エンジニアリングを紹介します。

 西光エンジニアリングは従業員12人の中小企業です。経営者の岡村社長は『東海地震が発生すれば、自社単独で事業を継続するのは困難』と考え、北海道にある野菜の洗浄機・乾燥機メーカーのエフ・イーと提携し、相互に販売とメンテナンスができるようにしました。さらに、2社共同で沖縄にバックアップセンターを作り、東海地震発生後の新規受注は北海道で代替生産を行い、メンテナンスは沖縄と北海道の2社が協力して行うという計画を策定しました。2社は設計図を共有した上で相互メンテナンスの訓練もしており、2018年に発生した北海道胆振東部地震では、西光エンジニアリングがエフ・イーの支援を行いました。

 「西光エンジニアリングは『何が起きても、売った機械のメンテナンスには伺います』を売り文句に、製品の販売に生かしています。社長自らが“受け身のBCPは経営に負担になる。攻めのBCPを作りたい”と考えて、非常時のためだけでなく平時の事業拡大に役立つBCPを作った例と言えます」(高橋氏)

 現在公開されている「中小企業BCP策定運用指針~緊急事態を生き抜くために~」のWebサイトには、BCPにかけられる時間や労力に応じて「入門コース」「基本コース」「中級コース」「上級コース」と4つのコースが用意されており、解説や事例などの資料もそろっています。入門コースでは、経営者1人が1、2時間かけて用意されたテンプレートに記入すれば、必要最低限のBCPの策定と運用ができるようになっています。上位のコースに進み、本格的なBCPを策定して運用を続けていくと、レジリエンス認証※1やISO22301※2の取得もできます。

※1:レジリエンス認証は、内閣官房国土強靭化推進室が、国土強靱化の趣旨に賛同して事業継続に関する取り組みを積極的に行っている事業者を「国土強靱化貢献団体」として認証する制度
※2:ISO22301は事業継続マネジメントシステム(BCMS)に関する国際規格。自然災害や事故、システムトラブル、感染症流行など、事業継続に関する潜在的な脅威に備えて、効率的かつ効果的な対策を行うための枠組みを示す

 さらにBCP策定の難易度を下げるとともに、普及支援策と合わせて2019年に導入されたのが「事業継続力強化計画」という認定制度です。事業継続力強化の必要性の認識、脅威と発生時の被害発生の認識、必要な事前対策、初動対応対策と行動対策の明確化などを“やる気”として経済産業大臣が認定します。

 この認定制度について、高橋氏は「本格的なBCP策定に向けたホップ、ステップ、ジャンプの“ホップ”にあたる部分」と位置づけています。

 「BCPより簡単なものですが、事業継続力を強化できますし、認定を受けた企業には、税制の優遇、低金利での融資、補助金採択の際の加点などのメリットもあります。申請が簡単ということもあり、認定を受けた企業はすでに2万社を超えています」(高橋氏)

電話帳のようなBCPを作ってはいけない

 BCPは策定すれば終わりというものではありません。いざという時に実行し、効果を発揮してこそ価値が生まれます。

 高橋氏は、企業の事業継続力は「ソフト」「スキル」「ハード」の3つの要素により決まると指摘しており、BCPの策定は「ソフト」の部分にすぎず、そのほかにも組織や個人の対応力としての「スキル」、耐震補強や備蓄、代替拠点の確保などの「ハード」がそろってはじめて事業が継続できるとしています。

 BCPを画に描いた餅に終わらせないポイントの1つとして、高橋氏は「電話帳のようなBCPを作らないこと」とアドバイスします。高橋氏はグループ会社である損害保険ジャパンのBCPを、かつては分厚い書類にまとめていましたが、これを簡素化しました。さらに、災害発生時にやるべきことを事前に100個ぐらい模造紙に書き出しておき、対策本部の壁に貼ってあるそうです。

 「2016年の熊本地震の後、何人かの経営者から、“BCPを作ったのに、いざというときに役に立たなかった”という声を聞きました。しかし、それは役に立たなかったのではなく、作っただけで、役に立てるスキルがなかったからなのかもしれません。BCP策定後の典型的な課題として、BCPに基づいて行動するための取り組みが欠けていることが多いのです」(高橋氏)

 高橋氏は、BCPを効果的なものにするためには、BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)が必要であると指摘します。BCMとは、BCPの3要素をPDCAサイクルで回しながら運用し、継続的に改善していく取り組みのことです。BCMによって、策定したBCPに基づいた訓練や教育をすることでスキルを養い、いざというとき事業を継続する力を発揮するというわけです。

 「対策本部のメンバーだけではなく社員一人一人が考えて行動できるように訓練しておくことです。ソフトであるBCPの見直しよりも、事業継続力というスキルを身に付けることの方が大切です」(高橋氏)

BCPは「儲かる」「役立つ」「誇れる」

 BCPに取り組むメリットは、非常事態での事業継続力が高まることだけではありません。高橋氏は「儲かる」「役立つ」「誇れる」という3つの具体的、経営的なメリットがあると指摘します。

 「『儲かる』とはBCPに取り組むことで、非常時でも商品やサービスの供給責任を果たせるということを示しています。経営者は自社のBCPを取引先に示すことで信頼を獲得できますし、新規取引の獲得にもつながるでしょう。BCPが新規商品化の開発につながった例もあります。

 『役立つ』は、BCPは非常事態だけでなく“平時にも役立つ”ということです。例えば代替要員確保のための社員の多能工化を進めたことで、業務の効率化や柔軟な働き方に結びついたという事例があります。

 『誇れる』は、BCPへの取り組みをホームページに掲載するなど、自社の宣伝になることをいいます。WebサイトでBCPへの取り組みを公開したことをきっかけに、新規顧客を獲得している企業もあるのです。宮城県石巻市の食品メーカーは、毎月の防災訓練を含めたBCPへの取り組みの公表を通じて、地元の人たちから『従業員を大切にする会社』と評価され、人材の獲得につながっています。BCPを使って人材不足の課題を解決していると言えるでしょう」(高橋氏)

 BCPは、単なる防災対策ではありません。いざという緊急事態に対応し、かつ企業が利益を生み出し、社会に貢献するための経営手法のひとつなのです。

 「経営課題を解決する手段の1つとしても、BCPに取り組んでいただきたいですね。企業経営者の皆さんは、従業員と家族の幸せを大切にしているのと同時に、自社が世の中に貢献したいと思って起業したり、経営したりしているはずです。

 BCPに取り組むことで、会社の事業を拡大し、非常事態が起きたときも事業を守り、顧客への供給責任を果たすことができます。BCPの策定を通じて、従業員や顧客を大切にできる、社会へ貢献する会社であることを、ぜひアピールしてください」(高橋氏)

<インタビュイープロフィール>
髙橋 孝一(たかはし こういち)
横浜国立大学工学部化学工学科卒業後、安田火災海上保険株式会社に入社。2010年、安田リスクエンジニアリング(現:SOMPOリスクマネジメント)取締役執行役員リスクコンサルティング事業部長。2017年から現職。内閣府「事業継続策定・運用促進方策に関する検討会」委員、中小企業庁「事業継続計画策定委員会」委員などを歴任。

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