小売業でデジタル技術を活用して“広告”という新たな収益源を創出する動きが加速しています。この「リテールメディア」について、アドインテの稲森氏に話を聞きました。
<目次>
小売店はモノだけでなく「データ」も売る時代
「リテールメディア」という言葉をご存知でしょうか? 「リテール(小売)」という言葉が入っている通り小売業に関連するワードですが、DXの推進によって従来のビジネススタイルを大きく変える可能性を秘めたものとなります。
リテールメディアとは、小売業者が持つ会員基盤を活用して消費者の購買データや行動データを広告配信に利用する新たなビジネスモデルのことです。主な広告主であるメーカーは消費者に対して、スマートフォンアプリや店頭サイネージ、ECサイト上などで、購買行動に合わせた精度の高い広告を配信することができ、小売業者はそれによる広告収益を得ることができます。
国内のリテールメディア構築にてトップクラスの支援実績をもつ、アドインテ 取締役副社長 兼 COOの稲森学氏は、リテールメディアについて「小売業がDXを推進し、データ活用の1つの出口として、広告事業を創出するための新たな施策になる」と評価しています。
株式会社アドインテ
取締役副社長 兼 COO
稲森 学 氏
「小売業者がDXを推進していく方法の1つに、まずは顧客に対する理解を深めるためにCDP※などを構築してさまざまなユーザーの分析をし、その後1to1に近いコミュニケーションによって購買時における顧客体験の質を高めていく、というような大まかなフローがあると思います。そのためには、ビジネスにおけるさまざまなデータを収集し、顧客体験を分析することになりますが、顧客体験は数値化しにくく、かつ売上にどのように貢献しているのか把握しづらいという一面があります。
しかしリテールメディアであれば、データ活用の出口の1つとして『広告収入』というわかりやすいビジネス成果が生み出されます。人口減少におけるモノの販売だけでは今まで通りの売り上げと収益の確保は難しくなるので、今、多くの企業がリテールメディアに注目しています。こうしたビジネスにおける“わかりやすさ”が、経営層の意思決定のしやすさにもつながっていると思います」(稲森氏)
※CDP…Customer Data Platform。顧客データを蓄積して活用するためのプラットフォーム
リテールメディアは個人情報保護の規制により加速
稲森氏によると、リテールメディアのビジネスは海外で急成長を遂げており、たとえばWalmart(ウォルマート)のような大規模な小売店は、数年以内に全米の広告代理店トップテンに入るといわれているといいます。
その背景には、海外で広がりつつあるサードパーティCookie※などのWeb閲覧データの規制が関係しているようです。
※サードパーティCookie…Cookie(クッキー)はWebサイトに訪問した際に、サイトからPCやスマホなどに保存される小さな情報。ファーストパーティCookieは訪問したサイト(サーバー)から発行されるもの。Webサイトは、例えば他事業者のサーバーから配信された広告が埋め込まれている場合、Cookieは訪問先しているサイトのサーバーからだけでなく、その事業者のサーバーからも発行される。これをサードパーティCookieと呼ぶ。
「海外でリテールメディアが成長している裏には、欧州のGDPR(一般データ保護規則)や米国のCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)といった法規制をきっかけに、個人のプライバシーを守る動きが高まっていることが挙げられます。
Web広告は、自社サイトだけでなく、他のサイトでのユーザーの行動データ(サードパーティデータ)を利用することで、精度の高い広告配信ができたり、追跡広告や効果測定ができる仕組みとなっています。しかし、先に挙げられたような法規制により、今後はサードパーティデータの使用に制限がかかり、今までのようなターゲティング広告や効果測定ができなくなると懸念されています。そこで、ID経済圏やポイント経済圏と言われている中の1つとして、小売業者のファーストパーティデータ(社内データ)にアクセスしたい広告主が海外では増えています」(稲森氏)
つまり、“Webから収集したデータが使用できなくなるのであれば、実店舗で収集したデータやユーザー許諾を取ったデータを活用する”という発想から、リテールメディアが成長したということになります。
店舗のどのデータがリテールメディアに活用されているのか?
それではリテールメディアでは、実店舗においてどのようなデータを取得し、どのように活用しているのでしょうか?
「これまでの店舗で取得し保有できるデータといえば、『最終的に何が売れたのか』というPOSデータやアプリをダウンロードしているユーザーに限ったものが主でした。これでは、データはあっても、データの母数が少なすぎたり活用範囲が限定的になってしまったりすることが課題だったと思います。
しかし近年では、店舗内に顧客の位置情報を取得するIoT端末やAIカメラなどを活用し、店舗内における顧客の行動を、プライバシーを配慮しながら取得できるようになっています。この位置情報をリテールメディアで応用すれば、簡単な一例として『シャンプーの棚の前に行った人に対し、デジタルサイネージのコンテンツと連動してリアルタイムにシャンプーのクーポンを配信する』など、潜在的なニーズを理解した上でレコメンドすることも可能になります」(稲森氏)
リテールメディアの代表的な構築例としては、ID POSデータ※と小売事業者のスマートフォンアプリの会員IDを結びつけ、店やECサイトで顧客が行った行動や購買をトリガーに、関連広告を配信するという仕組みです。
※ID POSデータ…商品単体の販売情報である「POSデータ」に、購入者の性別、年代など顧客の情報をひも付けた購買データのこと。
「ID POSデータとアプリを連携したリテールメディアを活用すれば、新規カテゴリを増やすための広告や競合商品を購入した人に対し、自社製品の広告を配信するということも可能です。さらに、購買データを元にして、来店した瞬間にリアルタイムにスマートフォンにクーポンを配信することもできます。実際に、来店時に配信したクーポンの使用率は従来よりも約6倍近く高くなった事例もあります。
また大きなメリットとしては、その後、どれぐらい自社商品を買い続けてくれたのかを分析することで正確なROI(投資対効果)を見ることもできます。ただし、リテールメディアはユーザーにも必ずメリットがないといけないと思っています。その意味で、自分にマッチした情報でお得にお買い物ができたという成果も非常に良い事例だと思っています」(稲森氏)
小売店側だけでないリテールメディアのメリット
これ以外にも、ECサイトやアプリで検索した際に類似商品の広告を表示させたり、店舗内のデジタルサイネージとスマートフォンへの広告配信を連動するといった事例もあります。稲森氏はリテールメディアを活用することで、データを販売する小売店側だけでなく、データを活用するメーカーにも大きな効果があるといいます。
「まずメーカーについては、リテールメディアを活用することで、広告の効果が測定しやすくなりました。従来はデジタル広告配信からオフライン店舗での購買を計測することは困難であり、たとえば『20代女性』というターゲティングで従来のメディアに広告を出しても、それが本当に購買に結びついているのかは曖昧でした。しかしリテールメディアを活用すれば、競合の商品を購入した人に直接広告が配信できたり、直近で自社商品を買わなくなったユーザーに配信し、その広告の影響で購入した人の数までわかるようになります。
小売店側にとっても、広告収入以上のメリットがあります。たとえば洗剤を購入したユーザーに対し、柔軟剤の広告やクーポンを配信することで、クロスセル※を促すことも可能になり、店舗の売上アップにもつながります」
※クロスセル…ある商品を購入する顧客に対し、別の商品を提案することで、売上をアップさせるセールス手法。
リテールメディアが従来の広告よりも価値が高い理由
稲森氏はリテールメディアが発展することにより、これまでの広告の構図、マス広告からデジタル広告の領域まで大きく変わると予想しています。
「たとえばWalmartは、約5,000店舗に17万ものデジタルサイネージを抱えており、同社はこれを広告メディアとして活用しています。これもリテールメディアの形態の1つです。メーカー側も、広告効果の可視化が難しい媒体よりも、Walmartという購買地点で広告を流し、効果測定もできるメディアの価値のほうが高いはずです。もちろん、広告主の広告予算は限られています。海外の事例が物語っている通り、既存メディアにとって、そして広告代理店にとっても、リテールメディアは大きな脅威となるでしょう」(稲森氏)
メーカー側も、リテールメディアを上手く活用するために組織編成を行っているようです。一部の外資メーカーでは、経営層がリテールメディアをより活用するために、縦割りの組織と予算を統合し、広告予算の配分が変わりつつあります。
「メーカーは今後、小売のオフライン、オンラインの顧客接点を『メディア』として捉え、そのメディアをどう活用するべきか、セールス部門やマーケティング部門、宣伝部門など、社内の各部門で歩み寄って検討することも多くなってきていると聞きます。一方で小売業者側も、メーカーの製品をどのように顧客に販売していくのか、メーカーとともに検討していくべきだと思います」(稲森氏)
中小にもチャンス、海外に比べ特殊な日本市場
ここまでは海外におけるリテールメディアの事例を取り上げてきましたが、日本でもリテールメディアは広がりつつあるようです。
稲森氏が所属するアドインテでは、事例の1つとして大手ドラッグストアチェーンのID POSを用いた広告プラットフォームの構築を支援しており、同チェーンは2021年前半だけですでに数億円単位の広告売上を達成したといいます。小売業がDXを推進することで新たな事業領域を創出したという点では、リテールDXの1つの成功例といえるでしょう。
稲森氏は日本におけるリテールメディアの将来性について、非常に有望であると分析しています。
「日本でもリテールメディアの認知度は高まってきており、関心を示す企業も増えてきています。もちろん小売業者にとって広告事業は未知の領域であり、広告事業をやってきた弊社としても未知の領域です。何からやればよいのか、今後どう進めるのがよいかがわからないという企業が大半ではありますが、中小企業にも大きなチャンスがあります。
というのも日本には、Walmartのようにアメリカの人口の8~9割が利用するほどのシェアを握った小売業者が存在しません。上位数社を合わせても、ようやく日本市場全体の4分の1程のシェアしか届きません。特にスーパーマーケット業態は、地方でしか知られていなくても、その地域では非常に高い影響力を誇るようなスーパーマーケットも多く、そういった企業には特に大きなチャンスがあると見ています」
リテールメディアは、広告以外の用途にも可能性を秘めています。たとえば社会問題化されている「フードロス」の対策にも応用できるといいます。
「商品棚にセンサーを仕込むことで、カメラだけではわかりにくい商品の個数までリアルタイムに、かつ正確に把握できます。もし食品が多く余っている場合は、店舗の近くにいる人にクーポンを配信したり、価格そのものを引き下げるといったことも可能になります。これまでのように、店員が割引シールを貼る必要もありません。リテールメディアによって、小売店のフードロスにも貢献する世界にも挑戦していきたいと思います」(稲森氏)
稲森氏は現在、アドインテにてリテールメディアの普及に取り組んでいます。最近では、1社だけではリテールメディアに取り組めない企業のために、複数の企業が共同でリテールメディアに参加できるプラットフォームを開発したといいます。このプラットフォームからデータが活用された場合、広告費用が各企業に分配されるといいます。
「リテールメディアに挑戦するのが早ければ早いほど、先行者利益がありますし、リテールメディアに興味を持った方は、店舗の貴重なデータを最大限に活用し、その価値を最大化する取り組みを一緒にやっていきたいと思っています」(稲森氏)
©2021 NTTCom Online Marketing Solutions Corporation
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