建設業のDXの一つとして、「デジタルツイン」が注目されています。これは、現実空間から取得した場所、設備、製品などの情報を基に、仮想デジタル空間に現実世界と同じ状態の場所や製品を双子のように再構築する技術です。仮想空間で設計や工事の進捗管理ができるようになれば、業務効率化や現場管理者のリモートワークが可能になり、働き方改革の一助にもなるでしょう。そんなデジタルツインの動向と可能性について、事例を交えながら紹介します。
リアルタイムな“現場の状況”をデジタル空間に再現する技術
建設業には、商業施設やオフィスビル、住宅などの建築物を取り扱う「建築」と、トンネルや宅地の造成などを取り扱う「土木」があります。「建築」の分野では、これまでもコンピューター上に建物の3Dモデルを構築するBIM(Building Information Modeling)が、設計や施工行程で活用されてきました。
同分野におけるデジタルツインは、この3Dモデルをベースに、センサーなどを活用して収集した風向きや風力などの気象情報、作業員の人数や配置情報、建設機械の稼働状況、工事の進捗状況などを反映してつくられる、いわばBIMの進化型です。この技術を測量、設計、施工、保守といった各工程で取り入れ、作業の効率化や現場の安全性・生産性の向上に役立てる企業が出てきています。
2020年1月には、国内の大手総合建設会社が、大阪での建設事業の全工程においてデジタルツインを活用し、大型ビルを竣工しました。ビル風のシミュレーションによる周辺環境への影響評価やそれを反映した設計、工事プロセスの進捗確認、設計モデルと実際の施工状態を比較してのチェックなどをデジタル空間で実施。現地に行かなくとも、工事現場の状況がわかることに加え、デジタル空間で設計モデルをいくつかの塊(モジュール)に分けて最適な工事のプロセスをシミュレーションし進めることで、現場管理者の業務効率化を実現したのです。
土木分野や都市づくりでの活用もスタート
建築のみならず、土木分野や、都市づくりの視点でも、デジタルツインの活用が進められています。
土木分野では、国内の大手建設機械メーカーが、ドローンで取得した空中写真の地形データからデジタルツインを構築することにより、測量プロセスの効率化を図っています。測量はこれまで人が現場内を歩き回って行う方法が一般的で、多くの作業時間を必要とし、作業者の負荷が高い工程でした。また、人的スキルに頼ることで日々の進捗や現場の状況を正確に把握することが難しく、工程遅れの要因の一つとなっていたのです。
また同メーカーでは、測量したデータから、建造物や樹木などを取り除いた地表面を表す3D地形データを作り、ICT建設機械などから取得した施工進捗データをつないで進捗を管理できるサービスを提供しています。作成した3Dデータに完成地形の設計データを重ね合わせることで、生産性の高い施工計画をシミュレーションすることもできます。
都市づくりにおいては、違った視点からデジタルツインの活用が見据えられています。東京都江東区の開発を手掛ける総合建設会社は、スマートシティ構築を念頭にした同事業において、デジタルツイン基盤とプラットフォームを整備するプロジェクトを始動させました。開発エリアの現実空間に設置されたカメラやセンサーで、交通量や人流、環境データを取得してデジタル空間に反映し、シミュレーションを実施。人の流れや交通動線、環境などにプラスとなる結果が出れば、現実空間で結果に則した工事や対応を行い、都市を常にアップデートしていく計画です。
デジタルツイン技術確立のカギは5G。大手通信会社が実証実験を開始
デジタルツインの技術を確立するには、大量のデータが必要となることから、今後は5Gの普及が鍵を握るといわれています。
2019年には、国内の大手通信会社とアメリカのIT企業が、共同でデジタルツインを活用した建設業界の次世代の働き方を実現するための実証実験を行いました。この実験では、ドローンやレーザースキャナーで取得した膨大な空間データを、高速・大容量、低遅延、多数の端末との接続を特長とする5Gを通じてクラウド上に収集し、デジタル空間に再現。現地に行かなくても再現された「現場」で何度でも調査や測量を行えることから、作業者の移動時間や業務稼働を削減すると同時に、未来予測などへの活用も見込んでいます。
別の大手通信会社は、2021年夏、鉄道会社と共同で発電所の取り換え工事におけるリモート監督事業の実現に向け、デジタルツインを活用した実証実験を開始。ここでも5Gを利用することで、日々変化する現場の細かな状況までをリアルタイムに把握できることを目指しています。
多くの作業工程が“現場ありき”となる建設業界。その現場をデジタル空間に再現し、状況把握を可能とするデジタルツインは、通信技術のさらなる発達を追い風に、人手不足が加速する同業界の業務効率化に欠かせない手段となっていくのではないでしょうか。
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