季節は夏から秋へと変わったものの、日中はまだ日差しが強い日もあり、外での仕事でついつい頑張り過ぎてしまうと、熱中症になってしまう危険性がなくはありません。予防としては、水分や塩分をとったり、必要な時には日陰で休んだりすることは広く知られていますが、どのタイミングで休息を取れば良いのか、その頻度や基準はわかりづらいものです。
しかし近年、テクノロジーを活用し、仕事中の熱中症を予防するシステムが、各社から次々と開発されています。それは一体どのような仕組みなのか? どのように見えないものを見ているのか? 詳しく見てみましょう。
現場作業員の命を守るテクノロジー
炎天下での作業が多い建設業では、作業員の健康管理が切実な課題です。2015年には全国で11名の方が建設作業中に熱中症で命を落としているといいます(厚生労働省調べ)。
そんな中、建設大手の安藤ハザマと、健康・医療関連製品の開発やデータ解析を得意とするTAOS研究所は、人が身に付けることができる小型のセンサー「ウェアラブルセンサー」を使って、自動的に建設作業員の疲労度合いを測定できるシステム「バイタルアイ(Vital Eye)」を開発しました。
バイタルアイの仕組みは次のようになっています。建設作業員の頭部に装着したヘッドバンドタイプのウェアラブルセンサーを使って、脈波(心臓が血液を送り出すことによる、血圧・血管の体積)の変化と体温をリアルタイムで測定。同時にヘルメットに取り付けた計測デバイスで、暑さ指数(湿温度や日射/輻射熱などから算出する熱中症予防を目的とした指標。)を算出します。
これらのデータを、通信機器を使ってクラウド上に転送し、専用の解析プログラムを使って収集したバイタルデータ(体温や心拍数、心電などの生体情報)の評価をします。脈波の変動から自律神経バランスの乱れを分析するノウハウを用いることで、身体的な疲れだけではなく精神的な疲れを定量的に測ることができます。測定/分析結果は管理モニタで確認可能で疲労が検知された場合は本人や現場管理者に警告を発することもできます。
安藤ハザマではすでに実証実験を実施し、熱中症予兆や疲労の検知に関する有効性を確認済とのこと。これが実用化されれば、炎天下での建築作業リスクがぐんと減り、作業員の方も無理せず安心して作業に集中できるようになるでしょう。
本人も気づかない身体の危険を可視化する「バイタルデータ」とは
バイタルデータの活用は以前から医療分野を中心にして、ウェアラブルデバイスの有効な活用法として話題にはなっていましたが、なかなか優れたビジネスモデルが生まれてこなかったのも事実です。しかしここに来て、さまざまなソリューションが生まれてきました。
たとえば大林組とNTTコミュニケーションズは、繊維センサーを装着したシャツを使って、建設作業中の作業員の心拍数などを計測し、熱中症予防に役立てようと実用化を進めています。ここでも「バイタルデータ」の収集と活用がキーとなっています。
また、神奈川中央交通で始められている、バス運転手の耳に付けたセンサーでバイタルデータを取得し、ドライバーの眠気を検知する実証実験があります。こちらもやはり人々の安全や健康を目的としたものです。他にも航空機や電車などの運転手の状態把握や、管制官などの集中力を要する監視業務従事者のサポートなどへの応用も考えられるでしょう。
このようにバイタルデータをウェアラブルデバイスなどで収集し、そのデータを分析することで、本人では気付くことができない自身の体の状態を把握し、それをフィードバックすること身体的危険や物理的なリスク低減を測るような応用は、今後もますます進むと予測されます。
バイタルデータを使えば、お化け屋敷はもっと楽しくなる?
バイタルデータのまったく新しい活用方法を試みているケースもあります。NTT西日本とNTTスマートコネクト、そして愛知県立大学が共同で開発した、バイタルデータを使って心理状態を推定する「ココロの視える化サービス」が2015年7月から開始されました。
このサービスを利用すれば、イベントなどに参加した際の感動や興奮、緊張、驚き、喜びなどの心理状態を、収集/解析することで把握することができます。
この技術は、2015年7月から9月にかけて開催された「梅田お化け屋敷2015 呪い指輪の家」において採用されました。お化け屋敷を訪れる客が専用センサーを携帯し、終了後に一人ひとりの「恐怖を感じた度合い」を点数表示させる、というものです。お化け屋敷のようなイベントでは、恐怖や不安、驚きといった心の状態を推定し可視化することで、恐怖体験の客観的な振り返りや友人との共有などの新たなイベントの楽しみ方につながっていく可能性があります。
今後は、コンサートなどのイベント会場での感動や興奮、喜びなどの状態の推定、映画館の観客やスポーツ選手などの心理状態を可視化することで、エンターテイメント分野やスポーツ分野などにおいて新たな付加価値を提供するサービスやイベントを検討していくとしています。
もともとは遠隔地からの医療サポートなどで注目されたバイタルデータ活用ですが、現在ではこのようにさまざまなカテゴリーでの活用が試みられています。しかしまだ本格的には活用が進んでいるとは言えない状態です。新しいアイデアで先手を取れば、今までにないビジネスモデルを作り上げる余地は十分にあります。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年8月11日)のものです。
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