熊本県を拠点とする天草エアラインは、保有機材数1機という国内最小クラスの航空会社です。1998年に第三セクターとして設立されましたが、就航3年目あたりから業績が悪化。2007年には債務超過寸前にまで追い込まれました。
しかし、その状態からわずか2年で黒字転換。行政からの費用補助を受けても赤字続きという状況で、地域のお荷物にもなりかねなかった航空会社が、どのような取り組みで赤字から脱却したのでしょうか。
第三セクターとして設立したが債務超過に
天草エアラインは1998年、熊本県と周辺の2市1町、民間の出資による第三セクターとして設立されました。天草-熊本、天草-福岡を結ぶ路線で、保有機材数1機、座席数わずか39席という航空会社としてスタートしました。
就航を開始した2000年は、九州電力の火力発電所が建設中だったこともあり、工事関係者などの利用が後押しし、平均搭乗率も80%以上を確保。好調な滑り出しをみせました。
しかし就航3年目以降、発電所の完成などによるビジネス客の低迷により、急激に搭乗率が低下して赤字が拡大。2007年には、熊本県による監査で「債務超過寸前」の評価を受けるまでに追い込まれたのです。
社長室を壊した新社長の行動力
2007年の監査以降も天草エアラインは赤字がかさみます。テコ入れとして県庁や役員が行ったのは、経費削減を最優先とする対策でした。社員の意見を吸い上げる余裕もない一方的な対策に、現場の士気は下がり、社内には停滞感が広がっていったのです。
停滞感を打破したのは、2009年に社長に就任した日本航空出身の奥島透氏でした。しかし就任当初は「今までの社長と同じだろう」「どうせ口先だけだろう」と社員たちは冷めきっていました。
しかし奥島氏はその予想を裏切ります。奥島氏は就任早々に社長室の壁を取り払いました。飛行機が到着すれば、社員に混じって座席のヘッドカバーを交換。朝は誰よりも早く来て荷物の手配を率先して行い、深夜にも機体整備の場に顔を出しました。
もともと整備士出身で、机上の理論だけではなく「現場」の感覚を持った奥島氏の言動と行動は、少しずつ社員の信用を勝ち得ていきました。
奥島氏は社長室ではなく、現場に顔を出して課題をつかむことで、新たな改善の可能性を模索しました。また奥島氏のデスクワークも現場もという業務姿勢は、社員に1人が複数の業務を兼務する「マルチタスク」という意識を根付かせました。
小さな企業では業務の繁忙期と閑散期で生じる人員数の格差を、どのように克服するかが効率化のポイントとなります。天草エアラインでは、グランドスタッフはカウンター業務、管理部門は総務や営業・電話対応といったように業務を完全な縦割りにはせず、臨機応変に補い合うことで、全体の効率をあげていったのです。
乗客が喜ぶ天草エアライン「らしさ」とは
奥島氏は現場に顔を出しつつも、取り組みの主体を社員とすることは忘れませんでした。トップダウンによる押し付けではなく、社員自身が改革意識を持つことこそ重要と考えていたのです。
奥島氏は「天草エアラインらしさとは」という疑問を社員へ問いかけていました。その答えの1つとして上がってきたのが、「お客様に寄り添った接客なのではないか」という声でした。機体1機、座席数わずか39席という小さな航空会社だから実現できるお客様との距離の近さこそ、「天草らしさ」ではないかと考えたわけです。
そこで天草エアラインが取り組んだのが、機内でキャビン・アテンダント(以下CA)から乗客へ積極的に会話をするという接客でした。また会話の話題が広がるようにCAの顔写真入りのプロフィールが入った機内誌を座席のシートポケットに収納するようにしました。プロフィールを知った乗客は、CAとの会話もサービス以外の話題へと発展する機会が増えます。たとえばプロフィールからCAが同郷と知った乗客は、方言で故郷の話題を弾ませる、といった具合です。
機内誌はCAのプロフィールに加え、社員たちが紹介する天草観光案内も載せています。地元の友人に案内されているような体裁で、乗客に口コミのような観光情報を届けています。寄り添うサービス姿勢は、乗客にスタッフの顔が見える航空会社というイメージを広げていきます。
これにより天草エアラインは単なる移動手段ではなく、旅の目的や楽しみになるという付加価値を創出し、独自の方向性を切り拓くことに成功したのです。業績は自治体からの補助金を受け取りつつも、2009年は単年度黒字に転換し、5期連続で単年度黒字を維持するまでに回復したのです。
改革の当事者は「社長」だけじゃない
乗客との心地よい距離感は、マニュアル化されたサービスではなく、各社員が主体的に動かなければ、実現することはできません。乗客に方言で話しかけられれば方言で返すというものもトップが決めたのではありません。
天草エアラインでは社長や役員、社員が一丸となって、飛行機の発着のたびに見送りや出迎えを行います。そして毎月1度は、始発便の出発前に、社員全員で機体の洗浄を行っています。社員が一体感を持ながら、一人ひとりが主体的に「当事者」として業務に取り組んでいるのです。
天草市出身である縁から社外取締役を務め、再建への助言をした放送作家の小山薫堂氏は、同社をこう評しています。「社長という役職は、さまざまな立場から物事を観察し改善を考えます。今の天草エアラインは、社員全員がその状態になっている。社員全員が社長なんです」
天草エアラインの復活劇は、会社・業務を改善したいと考えているビジネスリーダーにとって、自らが現場で見聞きし、現場の社員と意識を共有することが重要だということを再認識させる事例といえるでしょう。
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