蚊取り線香を使用する機会の多い季節ですが、日本で虫よけ関連の製品でおなじみのフマキラー株式会社が、海外での販売が好調となっています。特にインドネシアでトップブランドにまで登りつめたといいます。
そんなフマキラーも、実はインドネシア進出から、7年ものあいだ赤字が続いていたとのこと。なぜシェアを拡大することができたのか、その成長の秘密を探ります。
「効果が高ければ売れるはず」の罠
デング熱、マラリア、西ナイル熱……海外では、蚊を媒介に感染し死に至る病気がたくさんあります。そうした地域で、蚊取り線香は必需品。そこでフマキラーは、1990年にインドネシアに現地法人を設立し、「VAPE(ベープ)」という名前で蚊取り線香を販売しました。
現在フマキラーは、インドネシア、インド、マレーシアなど7カ国で子会社を設立し、2016年3月期の海外売上は、161億円とのこと。アジア、中南米を中心に好調に売上を伸ばしています。しかし、初めから好調だったわけではありません。
1990年にフマキラーが進出した当時、インドネシアでは海外メーカーが70〜80%のシェアを占めており、現地メーカーも多数存在していました。それまで販売されていた蚊取り線香は、薬剤成分が少なく蚊が死なない製品だったとのこと。フマキラーが販売するVAPEは効力が強いため、後発でも必ず売れるはず、とメーカー側は予想していました。ところが、全く売れませんでした。
その一番の理由は、値段。フマキラーは他社製品に比べ、2〜3割も高かったといいます。経済状況の厳しかったインドネシアの人々は、既存の蚊取り線香を1回分買うだけでもやっとの状況。当然、VAPEは高くて買うことができず、その効果も一般ユーザーにはわからないままでした。
そこでフマキラーはVAPEの試供品を配りますが、それでもまだ売れませんでした。というのも、インドネシアの蚊は日本の蚊に比べ薬剤に対する抵抗力が5倍もあり、当時販売していたVAPEでは大きな効果がみられなかったからです。
どうすれば現地のユーザーに受け入れられるのか
フマキラーが売れなかった理由は、ほかにも大きな理由が2つありました。ひとつは、インドネシアの人々が従来から使い慣れた蚊取り線香を変えたくなかったこと。もうひとつは、「ワルン」と呼ばれる小売店に置いてもらえなかったことです。
ワルンはインドネシアに230万軒もある非常に小さな小売店で、人々は生活に必要な品物をワルンで購入します。しかし店舗が狭いので、新しい商品を次々と置く余裕がありませんでした。
そこでフマキラーがとった戦略は、薬剤の量を増やし効き目を高めた製品の試供品を配ることと、オートバイでワルンを回りセールスをすることの2つでした。この地道な活動を続け、少しずつ「VAPEは効果がある」と、評判が口コミで広がり、VAPEが購入されるようになりました。競合メーカーもVAPEに対抗するため薬剤を増やしたことで、価格がVAPEと並ぶようになり、割高感も薄れるようになりました。
こうしてフマキラーは、インドネシア進出8年目でようやく黒字に転換することができたのです。
良いものをユーザーにどう届けるかが重要
インドネシアの島々でトップシェアを誇るフマキラーですが、首都ジャカルタを擁する“激戦区”ジャワ島では、未だにトップを獲得しておらず、現在も市場を開拓するために地道な活動を続けています。具体的には営業マンと2名の女性MD(マーチャンダイザー)が、ジャワ島の全ての集落を訪問。ワルンへのセールスと、家庭への試供品配布を続けています。
フマキラーの成功からは、より良い商品を開発することだけでは売上に結びつかないことがわかります。良いものを作るのはもちろんのこと、良いものをユーザーに届けるための地道な営業活動を続けることが大切なのです。
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