「初めての方にはお売りできません」のCMが印象的な化粧品「ドモホルンリンクル」を販売する企業といえば、熊本に本社を構える株式会社再春館製薬所です。
再春館製薬所には、何度もリピート購入する根強いファンが多くいます。同社の2013年売上約280億円のうち、実に9割がリピート客によるものとのこと。しかも売上の9割を、基礎化粧品「ドモホルンリンクル」が占めているといいます。
さらに、再春館製薬所が扱うブランドと商品は、1ブランド8アイテムのみ。多くの化粧品メーカーでは、複数のブランドと多数のアイテムを扱っているにもかかわらずです。
なぜ同社は、このような独特の販売戦略が行えるのでしょうか。その独特の経営戦略を「顧客満足」「ニッチ」「電話注文」という3つのキーワードから分析してみましょう。
顧客満足は売上に直結する
再春館製薬所の創業は古く、第二次世界大戦以前の1932年に、熊本にて創業しました。もともとは漢方生薬を中心とする医薬品販売業でしたが、1974年にドモホルンリンクルの開発に成功すると、1982年には電話営業を中心としたダイレクトマーケティングシステムを導入し、急成長を遂げました。
しかし、電話営業が“押し売り的”であると問題視されると、1990年に広告を主体としたインバウンドセールスへ方向転換します。結果的に売上はさらに右肩上がり。現在の売上はインバウンドへシフトした頃から3倍に増えているといいます。一方で、電話営業などのアウトバウンドセールスによる売上は、全体の5%程度にまで減少しているとのことです。
西川正明社長は「お客様に喜んでもらえれば、売上は右肩上がりになるはず」という持論を持っています。つまり、ドモホルンリンクルの売上が増え続けていることは、顧客満足度も高いことの裏付けとなり、「高い顧客満足=高い売上」という図式が成り立ちます。
商品数や販売チャネルを増やさず売上を増やすには、リピート購入率を上げるしかありません。西川社長は「売上が下がるということは、お客様に喜んでもらえる努力が足りない」との考え方を、日々社員へ伝えているといいます。
「ニッチ」だからこそできるこだわり
ドモホルンリンクルが「年齢肌用の化粧品」という、ターゲットを絞った商品であることもポイントです。大手化粧品会社のように、多くの世代の多くの人に支持される商品ではなく、10人中1人でもいいので、一生のお付き合いをしてくれる人を探す、ニッチなオンリーワン企業を目指しているのです。
そのために、企業視点ではなく顧客視点の製品開発を大切にしています。たとえば、製品のパッケージ容器はデザインよりも使いやすさを重視し、残量がわかる目盛りや、持ちやすいくぼみをつけるといった、細かい工夫をしているのです。
いまだに電話注文を重視する理由
さらに同社は、注文の方法も独特です。
通販業界では続々とインターネットへの移行が進んでおり、再春館製薬所でもネットでの注文を受け付けています。
しかし再春館製薬所では、電話での注文の割合が減っていないとのこと。直接相談したいユーザーが多いということなのかもしれません。利用が1年未満の顧客との平均通話時間は10分35秒、1年以上の顧客との通話でも平均7分33秒とのことです。単に注文を受けるだけではなく、顧客の声をじっくりと聞いているのです。
また同社では、電話応対スタッフを「お客様プリーザー」と呼び、顧客の購入履歴や誕生日、家族構成、その時の肌の状態、相談内容などを手書きで残しています。この情報は手書きのままデータ化しているとのこと。手書きだからこそ、細かいニュアンスが他のスタッフに伝わるとのことです。
「売上の9割がリピーター」「扱うのは8商品だけ」「それでも売上は右肩上がり」という、普通に考えたらあり得ない結果を出し続ける再春館製薬所の取り組みは、一見すると奇異に映るかもしれませんが、ひとつひとつの例を見ていくと、顧客満足度を高めるためには確かなアプローチであることがわかります。顧客を大切にする細やかな取り組みが、リピート客を増やしている要因のひとつであることは間違いないでしょう。
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