銀行などの金融機関を監督する金融庁は、銀行の経営状態を評価する際、これまで「不良債権比率」という指標を重視してきました。
不良債権は、返済不可能や返済遅延によって確実な回収が見込めなくなった融資のことで、銀行が貸出や運用している金額のうち、不良債権が占める割合が不良債権比率となります。銀行は返済の利子などの資金運用で収入を得ているため、利子はおろか元金すら返済されない不良債権は、銀行の経営を圧迫します。つまり、不良債権率が低ければ低いほど、銀行の経営状態は良好であるといえます。
しかし、金融庁は2016年10月より、この評価基準を大きく転換しました。銀行の不良債権比率ではなく、積極的に融資する “融資姿勢”を評価する新しい指標「金融仲介機能のベンチマーク」(※1)によって評価をしていこうという動きがあります。
この「金融仲介機能のベンチマーク」とは、一体何なのでしょうか? そして、この新たな指標が導入されることによって、融資を受ける側の企業にはどのような変化があるのでしょうか? 詳しく見ていきましょう。
全企業数の9割以上を占める中小企業を活性化するために
金融庁が評価基準を変えた理由のひとつに、不良債権比率で評価することによるデメリットが目立つようになった点があります。不良債権比率による評価は、銀行の経営基盤強化に貢献しましたが、一方でリスクの高い中小企業への融資姿勢を萎縮させた面もあります。
金融庁は、日本経済をより活性化するため、「全企業数の9割以上を占める中小企業が元気を取り戻していくことが必要不可欠」という意図のもと、融資姿勢を評価する指標として、金融仲介機能のベンチマークを設定したのです。
金融仲介機能のベンチマークは、銀行が自身の融資姿勢を自己評価することを目的としたものです。融資した企業が事業計画通りに成長し、その成長に銀行が貢献しているかを評価する仕組みとなっています。
金融仲介機能のベンチマークの検査項目の中には、担保・保証に依存しない融資や、取引先企業の販路開拓支援の取り組み状況が盛り込まれています。金融庁は銀行に対し、融資先の目標設定の達成率はもちろんのこと、銀行が企業に協力する取り組み状況まで公表するように求めています。つまり、守りの姿勢に入って中小企業をまったく支援しようとしない銀行は自ずと評価が下がっていく仕組みになっています。
取り組み状況が公表されることによって、各行の融資姿勢の差が一目瞭然となり、貸し渋りをするような銀行から、面倒見の良い銀行へと企業が流れていくことが予想されます。
同じ銀行でも、顧客に対する姿勢は大きく違う
すでにいくつかの銀行では、ベンチマークとその取り組み状況の公表を始めています。この中には、借り手側である経営者側にも、取引先銀行の選択に役立つ情報が多く盛り込まれています。
たとえば、2017年2月に公表された、青森銀行とみちのく銀行の例を見てみましょう。どちらも同じ青森県を本拠地とする銀行で、両行とも経営者の個人保証がつかない融資の増加、「経営者保証ガイドライン」の積極活用を目標に掲げています。
個人保証とは、企業に万が一の事態があった場合、経営者自身が会社の借金を引き継ぐものです。融資を受ける際に銀行から求められることも多く、経営者のリスクが非常に大きいものでした。経営者保証ガイドラインは、経営者の個人保証がつかない融資をしていくためのルールを定めたものであり、これによって徐々にではありますが、中小企業経営者でも個人保証なしで融資が受けられるようになってきています。
みちのく銀行の場合、全融資先のうち、経営者保証ガイドラインを活用したものが4.1%でした。これに対し、青森銀行は12.0%と、大きく差が出ています。あくまで公表された取り組み状況だけで判断すれば、青森銀行の方が、経営者に優しい銀行といえそうです。
低迷期に融資してくれる金融機関が分かる
評価項目を読み解っていくと、その銀行がどのような企業とマッチしているのかが分かってきます。
特徴が分かりやすい評価項目の取り組み状況として、創業期・成長期・安定期・低迷期・再生期といった企業のライフステージごとの融資支援があります。たとえば青森銀行の場合、融資先の大半が、安定期の企業です。創業期・成長期の企業への融資残高は851億円で、融資全体に占める割合は11%となっています。
一方、みちのく銀行は創業期・成長期の企業への融資残高は1,218億円で、融資全体に占める割合は16%です。
この取り組み状況を分析すると、みちのく銀行は経営者の個人保証を重要視するものの、ベンチャー企業には積極的に融資していこうという姿勢が見て取れます。また、青森銀行は、経営者の個人保証を外すことには積極的な分、ベンチャー企業に対する審査は厳しいとも分析できます。
企業はベンチマークで銀行を選ぶ時代へ
従来までは、金利が低いという理由だけで銀行を選んできた企業もあったかもしれません。しかしこれからは、金融仲介機能のベンチマークを事前に確認することで、金利の高低だけではなく、自社のビジネスモデル、経営者個人のニーズに合った取り組みをしている銀行を選ぶことが可能になります。
銀行はよく「雨の日に傘を取り上げ、晴れの日は傘を貸す」と揶揄されます。会社の調子が良いときだけ融資を行い、悪くなると即座に融資を回収する「貸しはがし」を行う銀行の姿勢が見て取れる言葉です。傘を取り上げるような銀行に巡り合わないための指標として、金融仲介機能のベンチマークを活用してみてはいかがでしょうか。
(※1)金融仲介機能のベンチマークについて
http://www.fsa.go.jp/news/28/sonota/20160915-3.html
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