アメリカのオバマ大統領が広島を訪問したことは記憶に新しいでしょう。日本人の実に98%が「よかった」との感想を持ったオバマ大統領の広島訪問。当初、所感を述べるに留める予定だった大統領のスピーチは、17分に及ぶ哲学的な演説にまでなりました。
「アメリカ独立宣言」を引用した内容から見る、オバマ大統領の強い言葉選び。対して、「私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない」との悲観的な言葉。それぞれに込めた本当の狙いとは何か。世界が注目した広島でのオバマ演説、その要素をひとつずつ紐解き、スピーチの圧倒的構成力について考えていきます。
オバマ大統領を助けたリンカーンの言葉
今回の演説を分析する上でまず理解しておかなければならないのは、設定されていたであろうスピーチの目的についてです。
「謝罪の言葉無く謝意を表し、世界全体の核軍縮という大義に指標をシフトする」――恐らく、このようなポイントが設定されていたと推測できます。特に、日米両国民を納得させること、このバランスが重要だったのは明らかです。
オバマ大統領は、リンカーンの言葉を引用することで、この難題を乗り越えました。「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その想像主によって生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」(アメリカ独立宣言)
この「アメリカ独立宣言」の引用は、非常に大きな意味を持っています。これは自国民に聞かせるための文言であり、同時に日本人に当てはめることもできる言葉です。
被害者や加害者という認識を超えて、今も核によって脅かされている私たちの権利を取り戻そう。アメリカ国民の信条をそのまま軍縮に結び付けたアピールを、このリンカーンの言葉は成功させています。
リーダーのスピーチに用いられる「問いかけ」の手法
また、今回オバマ大統領のスピーチで最も印象的だったのが、「なぜ、我々はこの広島を訪れるのか」との問いかけに3度も答えを用意していたことです。
それぞれの答えはこのようなものです。まずは、「恐ろしい力について思案するため、死者を悼むために」。中盤では、「科学の発展は人類が自らを滅ぼす力になるということを思い出すために」。そして最後に、「広島が、生命は総じて尊い、人類はみんなひとつの家族であるということを教えてくれるから」、というものです。
どれも、ただひとつの答えを分けたものです。それは、広島という地が「核なき世界へのインスピレーションを与えてくれるから」。大統領はこの一点を伝えるため、スピーチに「問いかけ」を散りばめています。
英国首相のスピーチライターも務めたフィリップ・コリンズは、著書『成功する人の「語る力」』でこう言いました。
「優れたスピーチはひとり語りではない。ひとり語りのかたちでなされる対話なのだ。優れたスピーチは議論であり、議論には論議する相手が必要である」
この言葉の通り、オバマ大統領はこの問いかけで聴衆と「対話」をしようと試みたのではないでしょうか。
リーダーの「スピーチ」は、ただ自分の意見を伝えるための手段ではありません。聴衆の心を刺激して感情を呼び起こし、全員を自分と同じ方向に向かわせる力を生むこと。これがリーダーのスピーチにおけるゴールです。
「私はこう思う」という意見やその理由ばかり話しても、このゴールは超えられません。聴衆の本物の私感を生み出すには、本当の感情をぶつけるのが最も効果的です。
オバマ大統領は、問いかけの間にこんな言葉を挟んでいます。
「私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない」
他の部分と比べると、少し頼りない表現です。しかし、大統領はここで消極的な文言を挟むことによって、「力を貸して欲しい」という強いメッセージ性を打ち出しています。ここは弱々しく本音を晒し、隙のようなものをあえて見せることで、聴衆の心を動かそうというアピールの部分なのです。
飾りの無い本音を大勢の前で告白する。このプロセスこそ、聴衆には一番響きます。しかも、自分が亡き後の世界の人々に対しても、この懇願は向けられている。このスピーチにおける「問いかけ」は、聴衆だけでなく、まだ見ぬ未来へと強く投げかける意味が込められたものです。
「問いかけ」による対話の間に、自分の言葉を織り交ぜる。このスピーチは、ゴールを見据えた巧みな「説得」そのものと言うことができます。
「謝罪をしていない」「具体性が無い」などの批判はあるものの、それらはオバマ大統領がスピーチの名手であることの反論にはなり得ません。
晴れ渡る空が広がっていたあの日と同じ場所で、私たちは、間違いなく本当のリーダーの話し姿を見たのだと思います。
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