2016.2.1 (Mon)

キーマンズボイス(第9回)

サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久 氏

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導入実績44,000社以上、国内グループウェア市場でシェアNo.1を誇るソフトウェア開発・販売のサイボウズ株式会社。低価格で簡単・便利に扱えるWebを利用したグループウェア「サイボウズ Office」シリーズを武器に、設立わずか9年で東証一部上場を果たした。
自ら育休を取り、 “イクメン”としても知られる青野慶久社長に、日本の企業の未来について伺った。

サイボウズ株式会社 代表取締役社長
青野慶久(あおの・よしひさ)


経歴
1971年、愛媛県生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工株式会社に入社、BA・セキュリティシステム事業部営業企画部に在籍。1997年サイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてWebグループウェア市場を切り拓く。その後、「サイボウズ デヂエ(旧DBメーカー)」「サイボウズ ガルーン」など、新商品のプロダクトマネージャーとしてビジネスを立ち上げ、事業企画室担当、海外事業担当を務める。2005年4月に代表取締役社長に就任。
社名の由来は、「電脳」を意味する「cyber」と、親しみを込めた「子供」の呼び方「坊主 (bozu)」の造語(「電脳社会の未来を担う者達」という意味も込めている)。

成功からどん底へ。失意の日々を救った“言葉”とは!?

――サイボウズ設立のきっかけを教えてください

前職の企業で、あるグループウェアの全社導入に立ち会ったことがきっかけです。「いいソフトだけど、ちょっと重たいな」と思っていたところ、ちょうどウェブが技術として出てきて、コンピュータ業界が一気に変わるという機運に満ちていました。
私はもともとが“パソコンおたく”で、ソフトを作ることが好きだったんです。「ウェブの技術を使ったグループウェアを作ればすごいことになるぞ!」と、私と会社の先輩と大学の先輩、3人で起業しました。

――大企業を辞めることにためらいはなかった?

あんまりなかったです。ベンチャーブームで、100%成功すると思っていましたから。成功確率が100%なんてありえないのに。ねじが1本、抜けていたんですね。だけど起業家ってそういうところがないと(笑)

――でも、実際に設立わずか9年で東証一部に上場しましたから、その思いは間違っていなかったわけですね。その後、転機はありましたか?

大きな転機は、2005年に自分が社長に就任したことです。当時の業界では楽天の三木谷さんやライブドアの堀江さんが台頭していて、「自分たちも拡大しないと飲み込まれるぞ」という勢いでした。そこで1年半で9社買収したんです。しかし、そのうちの数社が経営難に陥ってしまいました。2006年の年末は経営が行き詰まり、「所詮パソコンおたくには社長なんて無理なんだ」と、相当深刻に思い詰めていました。今だから笑って話せますが、「社長を辞めたい」と言っても「青野さん、逃げるのは簡単ですよ」と逆に周囲に諭されて、辞められないし。

――そんな状態から、どうやって立ち直ったのですか?

松下幸之助さんの「日々の言葉」という本を開いたとき、一ページ目に、『真剣に志を立てよ』という言葉がありました。その言葉に衝撃を受けたんです。真剣とは、真(まこと)の剣(つるぎ)のこと。失敗したら腹を切る、そういう覚悟が自分にはなかった。これまで受験、就職、起業と、比較的順風満帆な人生を送ってきて、勘違いしている部分があったかもしれません。頑張るなんてレベルじゃなくて、命を懸ける覚悟を持たないとダメなんだ、と。
では、自分は何になら命を懸けられるのか。それは自分が得意で好きなもの、すなわちソフトを作ることしかありません。それもいいグループウェアを作り、多くの人に使ってもらうことだと確信しました。集団が何を目指すのかがはっきりしたことで、共感した人が集まってくる。社員、株主、クライアント、販売パートナー、現在はみんなが同じ目標に向かっていると感じています。

シェアNo.1を達成した2つの理由

――サイボウズがグループウェアの国内シェアNo.1を獲得できた原因はどこにあると分析されていますか?

一言でいえば、運が良かった。もう少し具体的に言うと、ウェブ化の波にうまく乗れたことです。
技術の変わり目を押さえることはとても重要です。ビル・ゲイツは、大型コンピュータからパーソナルコンピュータに切り替わるときにOSを作って大成功した。インターネットの普及によって氾濫した情報をうまく整理して成功したのがグーグルなどです。

――他にはありますか?

徹底的に日本のニーズに対応したこと。たとえば、アメリカでは役割と権限がはっきりしているので、メールなどでCCすることは少ないようですが、日本では社員同士で問題やスケジュールなどを共有しておきたいと考えます。また会議室の奪い合いになるのも日本独特の風景です。アメリカなどではある程度の立場になると個室が与えられるので、それほど会議室は必要ない。こうした文化の違いを尊重してグループウェアの開発にあたっています。
また、コンピュータが苦手な人を意識した使いやすさにもこだわっています。グループウェアは毎日社員がログインし、書きこまなければ意味がありません。極端な話、生まれて初めてコンピュータに触った人でも使えるものを目指しています。

――青野社長といえば、2010年以降2回の育休を取得したことでも話題を集めています。サイボウズでも、2006年から、最長6年まで育休を取得できる制度を取り入れているそうですが、そもそもご自身で育休を取ろうと思ったきっかけは?

日本の自治体の長として初めて育児休業を取得した文京区長の成澤廣修さんに「育休を取ると、全国ニュースになって会社の宣伝になるよ」と言われまして、正直会社のためになるなら、と(笑)。実際、予想以上の反響でした。

――育児をされて、発見したことは?

育児は重労働で、妻一人に任せておくことではないと痛感しました。この大変な作業をひとりで背負うとなれば、女性は2人、3人と、子供を産みたいとは思えないでしょう。育児は次の市場を育てることにつながります。ここ20年日本経済が停滞しているのは、日本の男性が育児をしてこなかったことにも一因があると思います。男性も積極的に育児に携わって将来の市場を創造していかないと、日本の市場は縮む一方です。

――昨今の「イクメンブーム」について、思うことがあればお聞かせください。

全国の首長さんたちは成澤区長以降も育休を取得している人が続いていますが、一部上場の経営者の中からは、私以降ほとんど出ていないでしょう。「育児は妻がするもの」という風潮が、日本では変わりそうで変われないのだと思います。 男性にも育休制度がありますが、なかなか取得に踏み切れないのは、出世コースから外れるのではないかと危惧するからでしょう。
それなら、これは勝間和代さんが仰っていたことなのですが、「育休を取ったら評価を上げる」と経営者の方で評価基準を変えるしかない。「企業風土を変える」なんて悠長なことを言っている事態ではないと思います。

経営者の使命は集団の目的を明確にすること

――青野さんの今後の目標は?

サイボウズのグループウェアを世界中に広めることですね。先ほど技術の変わり目にうまく乗ることが重要だとお話しましたが、今また「クラウド」という波が来ています。クラウド化によって企業間やコンシューマーまでも巻き込んだ情報共有が可能になり、一気にビジネス可能性が広がりました。ゆくゆくは、学校、病院、介護施設などでもグループウェアが導入されるでしょう。いい時代が来るな、未来は明るいぞ、と思っています。

――プライベートでは何かありますか?

バッティングに磨きをかけることでしょうか(笑) 38歳で右打ちから左打ちに変えたのですが、イチロー選手のフォームを見てイメージトレーニングを続けているところです。今は育児中なので、なかなか実践の機会がないのですが、ぜひ完成させねば(笑)

――最後に、現在さまざまな立場の経営者の方々がいると思いますが、そのような方々にエールをお願いいたします!

チームと、チームではない単なる集まりとの違いは、“そこに目的があるかどうか”です。経営者の仕事は、内外に自社の目的を語ること。私自身、「売上利益ではなく、いいものを作って多くの人に使ってもらうこと」を目的に掲げたとき、サイボウズ社内でも辞める人が出ました。目的を選ぶことには責任が伴いますし、勇気も必要です。しかし、日本の企業は、どちらに向かっていくのかはっきりしないところも多い。もしかしたら、日本はまだ沈没が足りないのかもしれません。沈みきったら、明確な目的が見えてくることもありますから。

――ありがとうございました。

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