2016.2.1 (Mon)

キーマンズボイス(第4回)

株式会社いろどり 代表取締役 横石 知二 氏

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旬の食材の彩りをよりいっそう引き立てる、料理の「つまもの」。
秋には紅葉、春には木の芽など、日本の四季を感じさせる、なくてはならない存在だ。
この「つまもの」を専門に販売するという商売を立ち上げ、軌道に乗せたのは現在、株式会社いろどりの代表取締役を勤める横石知二氏。
当時、農協職員だった彼は、過疎化と高齢化に喘ぐ町のおばあちゃんたちの「やる気」を引き出し、高い収入を得ることができる「つまもの」事業を開始。売上高年間2億6,000万円にものぼる大ヒット産業になるだけでなく、町にIターン、Uターンの若者を増やすなどの、副産物をもたらした。

 FAXやパソコンはもちろん、タブレット端末を使いこなすおばあちゃんの表情は明るい。この秘訣を求めて、多くの人々が視察に訪れ、そして横石氏はあますことなくそのノウハウを来訪者に伝えていく。

 なぜ、「つまもの」を用いた商売を行うに至ったのか?まちのおじいちゃん、おばあちゃんたちをやる気にさせたものはなんなのか?その極意をお伺いした。

株式会社いろどり 代表取締役
横石 知二 (よこいし・ともじ)


経歴
1958年生まれ。徳島県農業大学校を卒業後、営農指導員として上勝町農業協同組合に入職。町の主要農産物であるみかんが冷害にあったことをきっかけとして、1986年より「つまもの」を商品とした彩(いろどり)事業を立ち上げる。1999年、第三セクターである株式会社いろどりの取締役就任、2009年より代表取締役。
HP http://www.irodori.co.jp/

日本初の専門業者「つまもの」販売の株式会社いろどり

――まずは、株式会社いろどりの事業内容について教えてください。

「核となっているのは、料理の横に添えられている四季折々の葉っぱや花などの、いわゆる「つまもの」を専門に収穫、販売する「彩(いろどり)」事業です。私たちがこの事業を始めるまでは、日本に専門の業者はなかったんですよ。板前さんたちが、独自に山へ行って取ってきたり、地方の知り合いに頼んで送ってもらったりしていたんです。
 この事業は、主に高齢者、特におばあちゃんが多いんですが、登録したスタッフが市場の要望に応えて、美しい葉っぱを山に行って収穫し、販売するというシンプルな仕組みです」

――山で葉っぱを取って、それを売る。面白いですね。

「自然豊かで、高齢化が進んでいた上勝町の農家、特におばあちゃんにはうってつけの商売でした。まず、葉っぱは軽い。だから力仕事ではない。そして、市場に持っていけばすぐにお金になる。以前の上勝町の主力産業であった米やみかんは、1年間丁寧に育てて出荷していたため、収入の機会は年に1回しかなかった。いろどり事業では毎日のようにお金が入ってくる。非常に効率がいいんですね」

「この事業を進めるにあたり開発した情報通信システムが、他の地域にも導入されるようになったり、地元である上勝町の観光を案内するようになったり、事業のノウハウをもとに経営のコンサルティングを行うようになったりと、事業分野が拡がっていきました。
現在、株式会社いろどりは社員9名、いろどり事業に協力してくれるスタッフは約200名、平均年齢は70歳くらいです」

タブレット端末を自由自在に操る、町のおばあちゃん

――平均年齢70歳! 高齢の方が多いにもかかわらず、スタッフのみなさんは、パソコンやタブレット端末など、通信機器を上手に操っているんですね。

「タブレット端末は2011年の夏から導入したんですよ。『こんな葉っぱが欲しいな』というオーダーを、スタッフのメールに一斉配信する。そうすると「私できます、やります」って人から、あっという間に返事が来るという仕組み。昔は防災無線を利用したFAX一斉送信というのをやっていたんですが、インターネットが普及するようになってからPCに移行、そして現在はタブレット端末。端末を外に持ち歩けるようになったおかげで、畑仕事をしながらでも最新の情報に触れられるので、スタッフの受注機会の損失を減らすことができます。PC導入のときに、おばあちゃんたちのつまずきやすいところも把握できていたので、その部分は特に念入りに、わかりやすく作りこみました」

「防災無線FAXで、注文情報を一斉配信してくれた頃と比べて、パソコン、タブレット端末を導入した現在は、スタッフのみなさんの意識が格段に高まったと感じています。かつては単価の高い葉っぱを納品したい、という人たちがFAX送信直後に続々と立候補してきて、供給過多になり、その結果単価が下がってしまうということがあった。しかし、リアルタイムで商品の単価の上下がわかるパソコンやタブレットを使うことで、スタッフの方々は市場の動きを読むことができるようになりました。FAXの情報で市況全体のニーズを把握し、ネットを使って小幅な値動きを見る。そうすると、明日はこの葉っぱが人気が出るだろう、とわかってくる。では、今のうちから取れごろの葉っぱに目をつけておこうか。だとしたら、今日はこの作業をしておくと、明日はラクになるはずだ、と「先」を見つめた動きができるようになってくるんですね」

――なぜ、みなさんそこまで上手に通信機器を扱えるんでしょう?特別な研修などはやってるんですか?

「特別な研修は行っていません、もちろん、操作を覚えてもらうためには、ちょっと時間がかかることもある。高齢者には情報機器の操作は難しいとよく言われます。けれども、それは違う。ただ『必要と感じていない高齢者』とっては難しく、敷居の高いものなんです。だったら必要を作ればいい。たとえば、私たちはPCの管理画面に「見たら得する情報」コーナーを作り、農協のお知らせなど、パソコンを覗きたくなる情報を提供しました。また、出荷者のなかで自分の出荷量や売り上げの順位をわかるようにした。そうするとね、みんな気になってパソコンを使うようになるんですよ。人間って、自分にとって必要だと思うことは積極的に取り入れるんです」

みかんの大冷害 町を救うのは葉っぱだ!

――そもそも、なぜいろどり事業を開始されたのでしょうか?

「1986年のことです。町を異常なほどの大寒波が襲いました。わずか数日の寒波でしたが、町の主要農産物であったみかんが全滅してしまった。収入のほとんどをみかんに頼っていた農家も多く、町の一大事。営農指導員として農協に勤めていた私は、みかんに代わる産業を発見する必要がありました。それも、短期間でお金に替えられるものを」
「復興のため、農家の方にはワケギや切り干しイモ、ほうれん草などを栽培してもらうようになり、順調に売り上げも伸びていったのですが、もう少し通年で出荷できる作物も探していました。できれば、町にたくさんいるお年寄り、女性の方にも作業しやすいものを。

そんなとき、大阪の市場にスダチを納めに行った帰りなんですが、同僚や市場の方たちと一杯やることになったんです。お店のむこうのテーブルにはかわいらしい女の子たちがいました。そして、出てきた料理についてきた紅葉を見て『うわあ、カワイイ』『持って帰っちゃおうかな』とはしゃいでいて、そして実際にハンカチに包んで持って帰るのを見かけたんです。その瞬間にひらめきました。そうだ、葉っぱだ! 葉っぱがあった! 葉っぱを売ろうって」

――それが、いろどり事業の始まり。周囲から反対はされませんでしたか?

「もちろん、最初はすごい抵抗がありました。そこら辺にいくらでもある葉っぱがお金になるなんて、やはりイメージしにくかったですし。また、農業というものは、きちんと自分たちで育てたものを売ることが大切だと思っている方も多かった。けれども、やっぱり結果を出すと変わってきますね。きちんと市場で評価されて、売り上げとして返ってくると、みなさん評価が変わってくるものなんです」

自腹で高級料亭に通い詰める日々

――では、早くから軌道に乗ったということですか?

「ところがそうではないんですよ。葉っぱが売り物になる、というのは確信したんですが、『どんな葉っぱが売り物になるのか』まではわかっていなかった。当初は「こんなものは使えない」と言われて返品だらけ。だから、どんなものだったら売れるのかを知るため、あちらこちらの料亭に自腹を切って赴いて、カウンターに張り付いて女将さんや料理長さんに質問をしたりしましたね。最初はけんもほろろに断られていたんですが、何度となく通い、話していくうちにいろいろ教えてもらえるようになりました。 そこで、ただ季節の葉っぱを山に行って取ってくるのではダメだということがわかった。お皿の大きさ、色に合わせて使うつまものを使い分けているんです。どんな葉っぱなら買ってくれるのか、毎回ヒアリングして、その情報を絵に描いて持ち帰り、「売れる葉っぱ」の情報を町の人たちに与え続けたんです。そうやって少しずつ需要を増やしていきました」

――その地道な努力が花を開いたんですね。

「もちろん、多くのスタッフの熱意によるところが大きいんです。みんな、山を見る目が変わりました。山に生えている木々、草花の場所を一本一本覚えている。そして、どの木のどの葉っぱが収穫時期なのかも把握している。東京から「こんな草花を探しているんだけど…」というオーダーがあって、私たちが取り扱ったことがないものでも「ここにあるよ」って声があっという間に出てくる。自然は貴重な収入源、という意識が高まったのはもちろんのこと、ふるさと、山、自然にとても敬意を払うようになった。
上勝町はゴミの分別がなんと42種類(!)なのですが、ほぼ全戸に生ゴミ処理機があり、住民1人が1日に出すゴミの量は全国平均の3分の1でしかないんです。自分たちの大切な自然を資源として捉える意識が高いからなんですね。

そして幸いなことに、現在はこの事業に若い人たちも参画してくれています。けれども面白いことに30代、40代のスタッフより、70代、80代の方が成績が良いことが多いんです。体力があって動き回れる若い人たちよりも、山を熟知した人たちの方が効率よい仕事ができているんですね。これもとても面白い」

――このノウハウ、さまざまなところでの講演でお話されていますね。

「全く隠す必要ないと思うんですよ。壁をつくると、大切な情報を守ることができるのかもしれませんが、こちらにも入ってこなくなる。それよりは、多くの人々と共有したいと思っています。私たちは葉っぱという宝を見つけましたが、他の地方にはその地方ならではの宝があると思うんです。その見つけ方のヒントになればいいと思っています。みんなで幸せになればいい。また、もし同じような事業をよそが始めたとしても、「いろどり」は絶対に負けないという自信がある。その根拠は“絆”。今までに培ってきたおばあちゃんたちと私たちの絆があるからこそ、お客様からの要望に応えることができるんです。これこそが、いろどりの強みなんです。」

「おかげさまで、上勝町には年間で約4,000名ほどの視察がある。町の人口が約2,000名ですから2倍ですね。その人たちが私たちの実践を地元に持って帰り、花開いていけばいいなと思っています」

――今後のいろどりについて、ビジョンを教えてください。

「おかげさまで、IターンやUターンも増えてきています。インターンが終了したら、そのまま町に住んでくれる学生さんまでいる。とてもありがたいことだと思っています。とはいえ、上勝町の高齢化が止まったわけではない。いろどり事業のほかにも、新しい柱となる事業も作りたい。現在、上勝町はおばあちゃんたちがいきいきと働いて、笑顔が溢れる町になった。これからは、若い人たちも活躍できるような町を作りたいんですね。」

元気な地方を導く代表的なリーダーとして、全国各地で開催される講演会はのきなみ満席となる横石氏。上勝町の試みは、2012年には映画化され、さらに注目を集めている。

横石氏が、いろどり事業を始め、軌道に乗せられたのは、光るアイディアのおかげだけではない。上勝町で働き始めた当初から、地元の農家を一軒ずつまわり、対話を行い、その一方で周囲の気候や土地を把握していたバックボーンによるところも多い。

新しい試みを行う上勝町には、インターンとして毎年60人ほど好奇心旺盛な若者が全国から訪れる。彼らや地元の若者たちとともに、新しい産業づくりに勤しむ横石氏、そして上勝町に期待したい。

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